小説『出会い』
小さくてかわいい女の子、それが明彦の元カノの第一印象だった。高校のとき、明彦は沙梨と出会った。引っ込み思案で物静かな彼女のその性格が、彼の目に留まった。入学当初、明彦と彼女の背はほとんど変わらなかった。明彦の方が彼女より少しだけ背が高い程度だった。それから彼は成長し、三年になる頃に身長は百八十センチに到達。バスケ部に所属していた彼は夏休みの引退以後、受験勉強を本格化させた。目指したのは、都内の有名大学。その大学の偏差値は高く、勉強を始めた時点での彼の成績では、現役合格は絶望的だった。一方、地元に残ることを希望していた沙梨は明彦にも自宅から通える近くの大学を勧めた。
「将来は、明彦と結婚したい」
そんな思いを抱いていた沙梨。彼女は明彦が志望大学を変え、地元の大学に進学することを願っていた。明彦の成績を考えれば、地元の大学がちょうどよい。沙梨の願いは叶う予定のものであり、明彦自身も心の底では地元の大学も選択肢の中に入れていた。
それでも彼は懸命に勉強に励んだ。高い目標に向かって努力することを楽しめる性格が幸いし、結果、彼は第一志望の大学に合格した。四月からは晴れて東京の大学生になることが決まった。
そして沙梨の願いは、散ることとなった。
入学してから二ヶ月、早くも明彦に新しい彼女ができた。玲奈は明るくておしゃべり上手。百七十センチを超えるその身長とスレンダーな体型は、美人モデルそのもの。そんな彼女を射止めた明彦は、男子学生たちからの羨望の的。気の強い彼女が持つ、相手を気遣う優しい一面に、彼は惹かれた。沙梨とは対照的な玲奈の快活な性格のおかげで、明彦は楽しいキャンパスライフを送っていた。
玲奈と付き合い始めてから、半年が経ったある日、いつも通りデートの誘いを送った明彦。普段はレスポンスの早い彼女から、三日経っても返信が来なかった。
「玲奈が嫌がることを、何かしたのかな?」
彼女のことが気になり、もう一度連絡をしようと思ったその日、
「明後日はどう? クリスマスが近いから、ケーキ持って行くよ」
という嬉しい返事が返ってきた。少しだけ早い、彼女と二人きりのクリスマスパーティー。彼女の来る日が、彼は待ち遠しかった。
パーティー当日。インターフォンの画面に映る玲奈の笑顔。どこか硬いその表情は気になったものの、両手に大きなケーキの箱を持った彼女を迎えるため、彼は足早に玄関へと急いだ。
「お待たせ」
明彦は玲奈を迎え入れ、リビングへと通した。早くケーキを準備しよう。その後は、二人だけの楽しい時間が待っている。
「ケーキは、そこのテーブルの上に置いて、これから…」
準備しよう、と言いかけたところで、彼女は彼にもたれかかった。ケーキが潰れてしまう、という考えが過るも、彼女を抱く体勢になったことが彼にとっては嬉しかった。両手で彼女の肩を抱こうとした明彦。
グサッ
腹部に痛みが奔るのを感じた。次の瞬間に彼が見たのは、玲奈の頭が傾く瞬間。
ドサッ
彼女の頭とケーキが、同時に床に落ちた。目の前で起こる、衝撃的な光景。玲奈のコートが脱げ、中から出てきたのは、小柄な女。
「よくも、よくも、よくも、私を、私を、見捨てたなぁー」
コイツ、どこの誰だ? それが彼の頭に浮かんだ、最初の疑問。その女は顔を上げた。別人のようにやつれ、怒りに顔を歪めていたが、その女は明彦の元カノの沙梨だった。
「許さない、許さない! あんたのこと、許さない!」
二回、三回、と、沙梨は明彦の胸をナイフで刺した。バランスを崩し、彼は仰向けで床に倒れる。噴き出す鮮血は辺り一面に散らばる。床に転がった玲奈の頭の方を見ると、厚化粧をした彼女の白い顔が赤く染まっていく光景が、明彦の目に入る。追い打ちをかけるように、馬乗りになる沙梨。沙梨の顔には鮮血の花びらが飛び散っている。
「私以外の女と付き合って、一人だけ幸せになろうとして、明彦は、そんなやつだったのね!」
涙を流しながら、沙梨は怒声を放つ。
「でも、よかったわ、明彦のこと、見つけられて」
沙梨はやおら包丁を振り上げる。彼女の顎からは、血が混じった涙が滴り落ちる。血と涙は彼の身体を流れ落ち、床に広がっていく。
「最期に、一つだけ、伝えたいことがあったから」
血だまりの中で、互いを見つめ合う二人。沙梨の顔に、花のような笑顔が浮かぶ。
「あなたに出会えて、本当によかった」
次の瞬間、切っ先は彼の身体めがけて振り下ろされ、目の前が真っ暗になった。
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