小説『深淵』 第二章

二 – The murdered

「この写真の白いやつ、成長してるみたいだな。テレビ局に持っていったら、高値で買ってくれるかな」
もうこんな事態になったのだから、いっそのことプラス思考で考えよう。空元気なのか、本当に嬉しいのか、自分でもわからないまま、源一は琉子に写真のことを伝えた。一緒に肝試しに行き、その後も写真について相談した相手でもあったので、やはり琉子には話しておきたい。源一はそう思ったのだ。それに、もし本当にテレビ局に写真を売ることになり、高値がついた場合、琉子もお金を受け取る権利がある。それが源一の考えだった。電話口でお焚き上げを勧める琉子。「琉子の勧めに従った方がいいかも」と心配したものの、それはすぐに源一の頭から消えてしまった。彼に背を向けてテレビを見ていた留美子が振り返り、彼を見つめていた。それが不安感を打ち消したものの正体。
電話を終え、「お待たせ。悪いね」と声をかける源一。留美子は彼に笑いかけると立ち上がり、彼の方へと歩いていく。もともと性格的に大人しかった留美子が体調を崩したときは、本当に辛そうだった。今は回復していると本人から聞いていたが、それでも源一には、留美子が普段よりも無口なことが気がかりだった。ベッドの側であぐらをかいている彼のところまで近づくと、留美子は彼の前に座る。上体を前方に傾け、両腕で身体を支える座り方。呆けたように、上気した表情で彼を見つめる留美子。その姿は、彼を求めているかのようだ。
「どうした? 留美子」
緊張が源一の背筋を奔る。留美子は彼の上に覆いかぶさろうとし、彼は留美子の大胆な行動に驚き、後ろに倒れてしまう。留美子の両手は彼の頭の両隣に据えられ、四つん這いの体勢、その下に源一がいるという格好だ。仰向けの源一、真上から彼を見下ろす留美子、そして見つめ合う二人。留美子からの求めに応じるべく、彼は急いで心の準備をする。
留美子は口を開き、彼の方に近づいていく。上から迫る、留美子の顔。留美子の滑らかな長髪は彼の顔をくすぐるが、暴れる心臓を抑えるのに必死な彼には、くすぐったさを気にしている余裕などない。彼は留美子の唇を受け止める覚悟を決める。
その瞬間、彼女の顔に苦悶の表情が浮かぶ。留美子の顔と源一のとの間は、まだ頭一つ分離れている。体調が思わしくないのかと、彼が留美子を気にかけた矢先、開いた口の中に赤い二つの閃光が見える。よく見ると、留美子の口内の奥の方に黒い塊がある。二つの赤い光体はその黒い塊に付着している。赤い光は横に並んでおり、彼はその塊から視線を感じる。気のせいかと思われたが、その塊は留美子の喉奥で蠢き、赤い閃光のすぐ下から別の赤い閃光が奔る。新たに出たその閃光は細長く、彼の目算で幅は一、二ミリ、長さは二、三センチ程度。その黒塊が何かの生き物であることを認識した瞬間、彼の目の前に、大きく口を開けた蛇が出現する。黒光りした鱗、赤い瞳、血のように赤い口内、そしてノコギリの刃のように規則正しく並んだ鋭い歯。黒い蛇は留美子の口内から顔を出し、瞬時に頭を人間と同程度の大きさまで膨らませる。蛇は彼の下あごに噛みつき、歯茎ごと引きちぎる。その激痛は、彼の意識を飛ばすのに十分だ。下あごがなければ、悲鳴をあげることもできない。一瞬にして、彼の意識は闇に閉ざされる。それが彼にとっての幸運。意識がなくなった直後、蛇は彼の喉に噛みつき、首の骨を折る。喉の肉は引きちぎられ、彼は亡くなった。
口から血を滴らせている黒蛇。肥大した蛇の頭は瞬く間に縮み、元の大きさに戻る。蛇は後ろ向きで這い戻り、留美子の口内に収まる。ごくん、と喉を鳴らし、蛇は留美子の体内に帰る。留美子の唇に付着した、源一の血。留美子は長い舌をくねらせてその血を舐め取る。
「今までありがとう」
源一の死体を、恍惚とした表情で眺める留美子。彼女の火照った顔に笑顔が浮かんだ。

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鮮道朝花は私のペンネームです。私の書いた小説を載せています。どうぞ、お楽しみください。 掲載作品: 『洞穴』『陰』『継承』『出会い』『淫獣…

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