小説-『洞穴』 第四章

四 

高二の春だから、週末の旅行が自由にできるというもの。これが一年後だったら、両親から何を言われるかわからないし、少しでも勉強しないと、成績を抜かれる危険が出てくる。早朝から電車に揺られ、急な山道を登り、額に汗して辿り着いたのが、この灰色の洞窟。目の前に開いた入口は暗闇で埋め尽くされ、中からは冷たい空気が這い出し、伊代の肌を舐める。暖かい春の息吹がここだけ喰い尽くされてなくなった、そんな感覚。
晴天の空の下にそびえ立つ岸壁を染める、黒い穴。優に伊代の二倍を超える高さのその穴は、巨魚が獲物を吸い込むときに大きく開いた口のように、縦長のドーム型をしている。中にいる暗闇は、光の立ち入る隙を与えない。そっと、手を伸ばしてみる、伊代。指先に触れるかと思った、冷たい暗闇。それは、空間、つまり、何も存在しない、ただの黒い空間。持参した懐中電灯で、中を照らしてみる。真っ直ぐ伸びた電灯の光は先端近くで闇に溶け込み、内部の様子はわからないまま。恐る恐る、伊代は一歩、踏み出す、洞窟の中へ。二歩、三歩、と歩を進めるうち、伊代は、洞窟の入口は、予想通りただの何もない空間であることを認め、そこに恐怖を抱いていたことすらバカらしく思えるほどの呆気なさを感じた。
「なんだ、ただの洞窟か」
そんな思いが、心から溢れた。入口からの採光が見える範囲で、周囲を歩き回る伊代。そこはロビーのような空間で、奥にはまた細い通路のようなものがあるように見受けられた。暗闇しかない洞窟の入口を歩き続ければ、数分で飽きる。心が軽くなったのか、伊代は、
「駅近くの町を見て回ってから帰ろう」
と思い、引き返し始めた。

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鮮道朝花は私のペンネームです。私の書いた小説を載せています。どうぞ、お楽しみください。 掲載作品: 『洞穴』『陰』『継承』『出会い』『淫獣…

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