小説『陰』 第四章



暗い路地。
風が吹いてきた方を見ると、かの子の顔から数センチ、距離にしてそのくらいの位置に、細面の女の顔があった。その顔が目に入った瞬間、かの子はその女性の顔が雪のように白く、美しく整っていると感じた。一瞬灯った嫉妬が凍てつく恐怖に変わったのは、数秒にも満たない時間の後。その女が普通の人間でもなく、普通ではない人間でもなく、おそらく化け物に類する存在であることがわかった。その女は、腰から先がビルの側面にくっついており、上体だけが外壁から這い出している格好だったからだ。かの子は顔から血の気が引くのを感じた。それでも目の前の女、いや、化け物の肌の白さには敵わない。美女の姿をしたその化け物は黒く染まった路地の中で、肌と同じくらい白く、丈の長い着物を着ていた。翼が生えていたら天使と見まごうような神々しさを、女は放っていた。その女を化け物に見せていたのは、路地の闇に溶け込む漆黒の髪。女の髪は夜風にたなびき、ビルの影へと溶け込んでいた。先端はビルの壁の中に入っていたが、少なくとも腰くらいの長さまではあるように見受けられた。
二人の視線が合ってから数秒後、女は右手をかの子の顔の方に向かって伸ばした。




暗い路地。
突如ビルの壁から現れた美女。祥吾が驚いた隙を突き、女は右手で彼の首を掴んだ。突然すぎる事態の展開に、祥吾は最初、恐怖よりも驚愕に支配されていた。そのせいで女に首を絞められ、祥吾は命の危険があることを悟った。
一瞬の、判断の遅れ。
今回は、それが致命的な結果を招いた。祥吾は女の右手首を掴み、首から女の青白い手を引き剥がそうとした。必死の抵抗も空く、女の指は次第に深く、祥吾の首に食い込んでいった。呼吸は苦しく、目の前に広がる路地は真の闇へと溶け込み始め、白く輝く女の像は、虚な人影へと変化していった。
祥吾の身体が酸素を求め、口を開けたところで、女は左手を振り上げた。女の指には、人間のそれとは異なる、ネコ科の動物が持っているような鉤爪が生えていた。祥吾の目の前で鉤爪は伸び、ぼやけてはいたが、女の表情が変わるのが見えた。それは女が攻撃態勢に移ったことを意味し、同時に祥吾は、自分の命が死の危険に晒されていることを認識した。女は腕を振り下ろす瞬間、彼に向かって叫んだ。何を言っていたかはわからなかったが、次の瞬間、祥吾の視界が赤く染まり、女の放った言葉の意味を理解することよりも、身を守ることを優先すべきだと悟った。

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鮮道朝花は私のペンネームです。私の書いた小説を載せています。どうぞ、お楽しみください。 掲載作品: 『洞穴』『陰』『継承』『出会い』『淫獣…

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