FPS視点
小説は一人称。若しくは三人称。出来る限り、神の視点で書いちゃいけない。
私は心霊や怪談。オカルト研究の傍ら、小説を手掛ける作家のような仕事をしている。
おかげさまでこのご時世。一つ分かったことがある。
(恐怖はカネになる)
怪談、心霊現象、呪いに祟り。調べれば調べるほど、身の毛もよだつ逸話が存在する。
そのかみ合いでテレビ局の取材依頼。週刊誌の暇ネタに取り上げられることも。
あの日もそれに似たような取材依頼の電話が私の事務所にかかってきた。
「はい、もしもし」
私はその日、連載中のコラムを書き終えて、帰り支度を始める闇夜に包まれる夜9時。受話器の向こうから、聴こえてくるのは片言の日本語。
「え? 私に映画の監修を。ホラー映画? ハァ」
齢六十を過ぎる私は大学卒業後、テレビ、ラジオ桟敷で酸いも甘いもかみ分ける。 当然、なかには胡散臭い輩も混じっている。用件となんとなく、鼻につく話し方。
「分かりました。では、一度お会いしましょう」
ただし、私はそんな人間でも、琴線に触れる相手の場合、ひとまず、会ってみたい。 彼もその一人。
「ハジメマシテ、ワタシはジョンソン・ミラーと申します」
と、片言の日本語で待ち合わせ場所の喫茶店に現れた男性は外国人。ただし、外見は純日本人。原始時代に即せば、弥生人さながら。中韓、アジア系とは違う。どう見ても、日本人にしか見えない。
「これは一体?」
私は彼の外見は二の次。まず、先日の電話で持ちかけてきた用件の内容を改める。要は仕事依頼。ジョンソンは今後、製作予定のホラー映画の監修を私に依頼してきた。
「あなたは映画会社のプロデューサーか、何かで」
と、私が上目遣いにその正体を窺うと
「メーシ(名刺)、メーシ。申し遅れマシタ。ワタシはこういうモノです」
と、たどたどしく、古びた名刺入れから一枚。彼の名刺を私は受け取った。
(株式会社エムケイカンパニー 代表取締役社長 ジョンソン・ミラー)
私はこの会社を知っている。
以前、テレビ局のプロデューサーと街で飲んだ時、絶賛したホラー映画はジョンソンが経営する会社が製作。YouTubeにも違法投稿されたあるシーンの動画が存在する。
私は事実確認を踏まえて、ジョンソンに関する経歴を話の流れで大まかに分かった。
外見は日本人。だのに、片言の日本語。彼の両親は日本生まれ。アメリカ人の養父母に引き取られて渡米。それ以降、アメリカで学生時代を過ごして、仕事の関係で三十年ぶりに来日。
アメリカのホラー映画にありがちな血がドバドバ、クリーチャーのように異形な怪物や怪人映画を日本に配給する一方、数年前に今の会社を立ち上げた。
「そういうことでしたか」
と、私は心なしか、裏どりが確認できたのか、警戒心が緩む。なんせその時、私の頭のなかに浮かんでは消える。浮かんで消えるの繰り返し。
(恐怖はカネになる)
私の手掛けた作品は近年、爆発的にヒットする。私自身、驚くべきことに昨年の収入は宝くじの高額当選なみ。その分、支出を抑えなければ、税金で持っていかれるけど。それはさておき、一つ分かったことは
(恐怖はカネになる)
このご時世、哀しいかな。負の情報は正の情報に比べて、人は飛びついてしまう。現在、大手出版社の依頼もその類。貧困家庭が生活苦の末、一家心中。心霊スポットで話題になったのは私の初稿が始まり。それが功を奏して、ドラマの実写化にこぎつけて、来年はそれを下地に映画化される。
(恐怖はカネになる)
いや、昔から使われる慣用句でいえば―
(人の不幸は蜜の味)
閑話休題―
片言の日本語で説明するジョンソンから私はホラー映画の企画書を受け取った。タイトルは―
(呪詛)
要は呪い。あらすじは女性主人公が恨まれて、次々と周囲で不幸が巻き起こり、最後はどんでん返し……みたいな。しかしながら、お世辞にも面白い作品とは思えない。
この類はJホラーの二大巨頭、中田秀夫監督「リング」。清水崇監督「呪怨」のパクリと言われても仕方ないスッカスカの企画書。だけど、ジョンソンは事あるごとに―
「オモシロイデショ」
と、言いたげに私を見つめて、目を輝かせる。歴史の教科書に描かれる弥生人さながら。
「うーん。どんなもんでしょうね。まぁ、考えておきますよ」
その日、私は曖昧な返答に留めて、ジョンソンと別れた。会社も実在する。帰宅してから改めて、ジョンソンについて、調べを進めるとテレビ局のプロデューサー。取引先の編集者も彼のコトは知っていた。
だけど、企画書を読む限り、
「アレはカネにならんな」
と、ぼやく私は酒を飲む。今日も一人で。
それから一か月後―
私の事務所にジョンソンから電話がかかってきた。
用件は映画製作パーティーのお知らせ。しかし、私は監修するとは明言していない。
「ゼヒ、お越しクダサイ」
相変わらず、片言の日本語のジョンソンは明るいトーンで私に参加を促す。
「まぁ、行ってみるか。酒も飲めるし」
と、私はただ酒にありつきたい。下心ありきで数日後。ジョンソンの誘いを受けた私はスーツ姿でパーティー会場に。
「アー、どーも」
会場のホテルに着くなり、スーツ姿のジョンソンが出迎える。どう見ても弥生人。基、純日本人。ジョンソンは私をエスコートしながら、会場に足を踏み入れるとそこには業界関係者がずらっと集まる。
一例を挙げれば、東〇のプロデューサー。〇日放送のプロデューサー。映画監督の〇〇さん。広告代理店の△△さん。
私も彼らに会うや、久方ぶりの再会で話も弾み、自腹で二次会、三次会。ほろ酔い加減の私はジョンソンとカウンター越しに酒を飲みながら、語らう。
「ジョンソンさん、あなた。本当にホラー映画を作るんだね?」
「エエ、だからイッタデショ。ゼヒ、このエイがの監修を引き受けてホシイと」
しかし、私はどうしても、うんと、首を縦に振ることはできなかった。そればかりは今になっても分からない。ただ、今一つ。しっくりこない。こればかりは業界人あるある。
企画書が面白くなくても、数の論理でイケイケどんどん。広告代理店のパフォーマンスで面白い作品に早変わりするのはいくらでもある。
ただ、今回はそれと別。恐怖はカネになると、自負する私の直感が決断を鈍らせる。だから結局―
「私は遠慮しますよ」
と、残りの酒を飲み干すその時、ジョンソンは真顔で答えた。
「そうですか。わかりました」
ジョンソンは流暢な日本語で私に別れを告げた。
それから3か月後―全国区のニュースでジョンソン・ミラーがニュースの顔になった。
(詐欺師 山本一郎 国際手配)
ジョンソン・ミラーこと、本名は山本一郎。稀代の悪徳詐欺師。若くして、詐欺師の片棒を担いだ山本は高飛び。アメリカで潜伏中。アメリカ人のジョンソン・ミラーになりすまして、日系人を装い、ハリウッド映画に参入。
そして、ほとぼりが冷めた頃。日本に凱旋。映画プロデューサー、ジョンソン・ミラーになりすまして、業界関係者を騙して、多額の金銭をせしめた。
「だけど、どうやって。本物のジョンソン・ミラーはどこに?」
私の知りたい欲求を解消するかのようにニュース映像には本物のジョンソン・ミラーの写真が写る。
「これは……」
山本は整形手術。ジョンソンは正真正銘。日本で生まれて、アメリカ人の養父母に育てられたのは事実。どうやら、山本はこの間にジョンソンと知り合い、そして―
「殺したのか?」
遺体はまだ、見つかってはいない。それはさておき肝心要の山本は逃走中。日本のどこかにいると思いきや、ヨーロッパに高飛びしたそうな。国際手配で警察関係者は躍起になるが私にしてみれば、怪我の功名。
せいぜい、あのパーティーの二次会、三次会で浪費した酒代。最小限の被害に留めた。それにしても、私は今更ながら、恐怖に駆られる。
(恐怖はカネになる)
その時、私の琴線がピンと跳ね上がる。ホラー映画の企画書を一両日中に書き上げて、後日、テレビ局のプロデューサー、映画監督を交えて、飲み会と称して、二人にプレゼンテーション。
「どうですか? あの山本一郎をモデルにしたホラー映画」
と、私が軽快なトーンで口早にプレゼンテーション。
実体験を基にして、主人公の作家がサイコパスの詐欺師に翻弄されるサイコホラー。
しかし、企画書を一読した二人はほろ酔い加減で私に軽くダメ出し。
「これって、FPS視点ですよね。回想に入るシーンとか?」
「あ、やっぱり。オレもそう思ったんだよね。ここ、FPSですよね。今流行りの」
プロデューサーと映画監督が聞き慣れない言葉を口にする。
「こういうのはねー、ゲームならアリだけど。ねぇ」
「ですよね。ゲームなら……いいかもしれませんけど」
二人は苦笑いして、口をすぼめて沈黙する齢六十の私に企画書を突き返した。
(FPS視点)
これはゲームにおける一人称視点を示す。昨今のゲームは没入感を優先。自分の視界で周囲を見渡して、ゲームを進める。
現実に置き換えれば、自分の姿は鏡を見ない限り、見えない。日常と変わらない感覚が体験できるゲームはごまんとあるそうな。
「えふ、ピー、エス?」
と、片言の日本語でジョンソンになりすました山本のような喋り方でポカンと口を開く。
オカルトの類は私の右に出る者はいないが残念ながら、ゲームの類はよく分からない。
結局、企画書はボツ。だけど、一つ勉強になった。
小説もゲームも一人称、三人称があるそうな。
ちなみにゲームの三人称は―
(TPS視点)
日々勉強。いくつになっても。その日はひとまず、3人で飲み明かした。
(了)