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ブスの神様 1

「絶対に見捨てない」

彼はどんな気持ちで「絶対」という言葉を選んだのだろうか。
心の底から出てきたのか
酔っ払ったノリで出てきたのか。
夏美は、ビロビロに伸びた母親の下着を干しながら
ボーっと考えていた。
夏美は洗濯物を干し終えると自分の部屋に引き篭もりベッドへ寝転んだ。

彼のその一言で救われた。
今年も桜を見る事が出来たのは
彼が言ったその一言があったから。

もう桜を見る事は出来ないと思ったのに…。


大人になった今なら
いくらでも言えるのに
いくらでも選択肢がある事がわかるのに
当時の夏美はただ耐える事しか思いつかなかった。

18歳の夏。
夏美はひとつの選択肢を思いついた。
それは「逃げる」
当時、それが正解か不正解かは関係なかった。
それしかないと思ったから。
そして、本当に行動した自分自身に夏美は
驚いた。

持っているバッグの中から一番大きいものを
選び詰めていく。
充電器、下着、服、本、メイク用品
とりあえず必要そうなものをただただ詰め込んで
わずか10分ほどで荷造りは終了した。
もうここには戻らないかもしれないのに
ざっと2泊3日くらいの荷物に夏美は苦笑いするしかなかった。
あとは、お財布と携帯電話。
所持金はほぼない。
たぶん、片道のバスと電車代くらいだろうか。

部屋の中にはまだまだ物が残っている。
服が沢山ある、本も沢山ある。
布団はそのまま。
それでも夏美はそのまま家を出た。
もう、ここには戻らないんだ…
お母さん、お父さん、弟 ごめんなさい。
夏美は切なさと強い想いとで
ゴチャゴチャになった気持ちをなんとか抑え込み
涙をこらえるしかなかった。
家族に何も伝えず出て行くなんてバカだ。
心配するかな、捜索願とか出されるのかな。

夏美は歩いた。
2泊3日くらいの荷物が入ったバッグを肩に担ぎ
ただ歩いた。
ごめんなさいともう戻らないとを心の中で
繰り返し叫んでいた。

バス停まで10分くらい歩いた夏美は
バスの時刻表を確認して周りを見渡した。
誰かに付けられてはいないかと
少しドキドキしていたが
周りは日常そのものの風景だった。
子どもの頃から来ていた本屋…
その本屋さんの前にバス停がある。
15分くらい待てばバスが来る…
ここで夏美は携帯電話を取り出し、ある人物へ
メールを送った。
「今、バス停です。バスに乗って駅に向かいます
 そこから電車乗るんで。」
ある人物はすぐに返信してきた。
「わかった。
 川越駅で降りてね。
 迎え行くから着く時間わかったら教えてねー」

川越か…
どんな所だろう、行った事なんてない。
ここよりは都会なんだろうな。
この先、どうなるんだろう。
仕事どうしよう。
貯金もないし。
あらゆる事が夏美の頭の中を駆け巡り恐怖へと変わっていく。
いや、あの恐怖に比べたら…
私は逃げるんだ。これで良いんだ。楽になる。

程なくしてバスが夏美の前で停まった。
このバスにもずっとお世話になっている。
子どもの頃、母親とデパートへ買い物行く時、
お姉ちゃんになって小さい弟と映画を見に行く時
アトピー治療で病院通いしていた時
意外と思い出が詰まっているものだ。
平日の昼間は空いているようで
すんなりと座席に着く事ができた。
本屋さん…バイバイ。

駅まで20分くらいだろうか。
揺られている間は何を考えていたのか…
きっと窓の外を眺め
日常の風景を目に焼き付けていたのかもしれない。
通っていた小学校懐かしいなとか。

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