酔いどれ文庫 【コピーロボット】
【 コピーロボット 】
マンモス団地のはずれにはお宮さんがある。
在所の氏子たちはとうの昔になくなり、公団の商店街が世話をしていた。
巡って米屋の親方が氏子総代となり左義長を迎えた…
前借りした日当を返せない僕は社務所から竹ぼうきや防火バケツを段取りすり。
「親方と娘はこないよ」
水を汲む背中につっけんどんな声がした。
「二日酔い」
どてらにジャージ、下駄履きのコピーロボが後ろの正面に立っていた。
「あいかわらず生き写しですね」
「気の利いたセリフのつもり?」
娘のイヤミさえ完コピだった。
時分時が近づくと老人と子供が正月飾りと書初めを手にあらわれた。
竹ぼうきで集めた落ち葉はよく燃える。
投げ込まれた〆縄を老人は見届けることはなかった。
丸めた書初めは人魂のような燃え方をする。
竹ざおで散らすと熱にあおられケヤキの頭まで登ると、落下傘みたいな燃殻が降ってくる…書初めには株価と書いてあった。
コピーロボットはアルミホイルにジャガイモを巻いて投げた。
太陽が神明造の千木に座ったころには誰もいなくなった。
社務所にあった鏡餅を𦥑に入れ杵で叩き割る。テキ屋が置き去りにした大鍋に安物のサラダ油を注ぎ素揚げにした。
奉納に使うハゲた漆器に素揚げの餅とジャガイモ(彼女は涼しい顔をしてアルミホイルを素手で剥いた)を並べるとチューブバターと醤油を回し掛けた。
「鏡開き?」
「まぁね」
このまちには街灯がない
まっくらやみに浮かぶ火の粉は醤油と溶けたバターの居どころを探すようだった
「おいしい?」
「雰囲気を味わうの」
醤油のペットボトルを手渡すと、ふだんは人肌より冷たい彼女の手は残り火に照らされぬる燗ぐらいになっていた。
「一杯付き合いませんか」
「おいしいの?」
「雰囲気を味わうんですよ」
防火バケツにワンカップを入れてテキ屋のトーチで炙ると燗酒のできあがりだ。
残り火は、はじけない…しぃんとする音を聴きながら酒を飲んだ。
不意にカラコロ鳴ると、彼女は下駄を残り火に投げ入れた。
「酔った?」
「さぁ」
くすぶる下駄は面白くもなんともなかった。
バケツの火を消し炭にかけると、僕は彼女を背負い公団の商店街へ向かった。
「なあ コピーさん」
「……」
「あんた本物だろ」
「さあ」
枯れた噴水広場のスピーカーに黒い鳥がとまっていた。
米屋では介抱に駆けつけた僕のコピーロボが迎え酒を呑まされているだろう。
おしまい
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