笑う太陽③ (スポッター)
朝早くから目が覚めた。夜の気温は少し下がって来たけれど、まだ日中は暖かい。
大きく背伸びをして深呼吸をする。
潮の匂いのする、この空気が好きだ。
海がそこにある、この暮らしが好きだ。
幸せだなぁと思いながら、暫くキラキラと揺れる海面を眺める。
「Ku〜, back to home.Its time to e〜at!」とアリー。「Yha-p」と返事をして、走り出す。
明け方まで飲んでいたはずなのに、こうやって全員の予定に合わせてご飯を用意してくれるアリー。きっと、私の好きな具材で作った、ランチ用のサンドイッチも作ってくれているんだと思う。
窓からダイニングルームに飛び込むと、テーブルの上には淹れたてのコーヒー。
「おはよ。良い天気で良かったね。楽しんでおいで。」と、朝食のお皿を持ったアリーがキッチンから出てくる。
「おはよ。ありがと、アリーママ。」と笑うと、
「そんなに変わらないからっ。」とふくれる 8歳年上のアリーが可愛い。
しっかり食べて、幸せな気分で家を出る。今日は、どんなDivingになるかな。気付くと楽しみで、早足になってる。
Shopに着くと、もうAndyが機材の準備をしていた。
今日のGuestは、ドイツ人が3名と日本人1名の4人。ドイツ人はAndyが、日本人は私が担当する。6人1組で潜り、先頭をAndy、後ろを私がつく。昨日のボートで一緒だったドイツ人3名の、DivingSkillは問題なく結構長く潜れそうだ。
きっと、ブランクダイバーの申請があった日本人に合わせる事になる。とりあえずは、NavyPierを潜る前にビーチで1本、リフレッシュの手技確認Divingを行なう。
日本人らしく時間の10分前に現れた彼女を、更衣室に案内する。
暫くすると、真っ黒な髪を1つにまとめ、ウエットスーツを腰までさげたビキニ姿で出てきた彼女は、ドキッとする程白い肌をしていた。
「今日、ご一緒する玖弥(くみ)です。宜しくお願い致します。午前中は、少しダイビングを思い出して頂けたらと思っています。不安になったら、いつでも言って下さいね。その後、少しビーチを潜れたらなぁと思ってます。浅瀬でも、色んな魚に会えますよ。今日1日、楽しみましょうね。」といつも通りの軽い挨拶をする。
緊張した表情で「村谷です。村谷更。もう3年も潜っていないので、ご迷惑をおかけすると思いますが、宜しくお願い致します。」
やっぱり硬い…。真面目そうで苦手だなぁと思いながらも、笑顔で説明を行なう。
予習してきたのか、機材のセッティングにもたつきや問題はなし。マスククリアが苦手なようだが、浅瀬での手技確認でも、それ程ブランクがあるようには見えなかった。
必要手技の確認後、残ったエアでビーチを少し潜る。ウミウシをみつけて指さすと、暫くジッとみている。マスク越しの目が嬉しそうで、潜るのが好きなのが分かる。
途中から緊張も取れたようで、平均8〜10mの水深で40分と少し、80barを残して海から上がる。
フィンを脱ぐのために肩を貸しながら、潜る前は約180bar、12Lのロンタンなので、エア消費は13〜14位。久し振りのDivingなのでまぁまぁかな。多分、次はもう少し消費は減りそう…と考える。
「全然大丈夫ですね。ブランクがあるとは思えないですよ。」と声を掛けると、彼女は、フィンを脱ぐ手を止めて困ったような表情で少し頭を傾け、小さな声で「…良かった。」と応えた。
Shopまで戻り、海に面したデッキで濡れた身体を乾かしながらランチ。
仕事じゃなければ放って置くけれど、残念ながら今は仕事だし、コレから一緒に潜るので、積極的に話しかける。ジンベイザメに興味があると言うので、昨年Diving中に偶然出会った時の話をする。真剣に聞いている顔が、可愛いな…と一瞬思った。
ランチを終えて店内に戻り、他のGuest達と合流する。
Andyのブリーフィング後、期待と共に海に向かう。彼女は、英語の聞き取りは問題なく、通訳の必要なかった。話す方も、多分問題なく話せるのではないかと思う。言葉にならないのは、単に人見知りのようだ。
潜ってすぐに、ツノダシやポカンと浮くハリセンボンに会う。ハリセンボンは、何故か女性に人気がある。Andyが指差す方向を見ながら、彼女の目が嬉しそうに笑う。
今日のGuestは、全員の相性が良かった。NavyPierの気持ち良過ぎるDivingに、みんなが笑って海から上がる。ホントこの瞬間が大好き。できる事なら、ずっと潜ってたい。陸に上がると急に重くなるタンクを背負いながら、みんなが満面の笑顔で笑っている。
ふと前を歩いていた彼女が、「白いミノウミウシ見ました?」と振り返る。そして「凄く綺麗でしたね。」と子どもの様にクシャッと笑った。
バクッ!!
初めて見たその笑顔に、
今まで見ていた表情とのギャップに、
一瞬世界が止まったような気がした。
初めての感覚に戸惑いながらも、「綺麗でしたね。店に戻れば、ウミウシの図鑑もありますよ。」と笑顔で返す。
Shopに戻り、全員でワイワイ言いながら自分の機材を洗い、そのままの流れで、魚やウミウシの図鑑を見ながらログを書く。そして、互いにメッセージを書き合う4人、意気投合し仲良く楽しそうだ。
「後は、コッチでするよ。」とAndyがウィンク。Andyの、こうゆうチャーミングなトコロが好きだ。
「OK mate!」
私は、まだ、彼女を見ていたい気持ちと、このよく分からない感情を否定したい気持ちの葛藤が面倒臭くて、さっさと帰ることにした。