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スポッター① (仮)

船の屋根に登る
スキッパーだけに許されている特等席だ。そこから海面を見ると、遠くでもジンベイザメの影がはっきり見える。
共同で飛ばしているセスナから、ジンベイ発見の無線が入る。
やった。私達の船の近くだ。
腰までおろしていたウエットスーツを引き上げながら、3点セットを掴んでそのまま飛び込む。
屋根の上で熱くなった体に、海水の温度が心地よい。オートマティックに両フィンを履いて、見えた方角に泳ぎだす。
こちらに向かって泳いで来てくれている時は良いが、離れて行っている時は少し泣きそうになる。
ゆったり泳いでいるようで、なかなかのスピードで遠ざかるからだ。潜って行く時もそうだ。
全てジンベイ次第なのに、見ることができなかった客に恨まれるのは、いつもスポッターと船のキャプテンだ。

それでも、この仕事が好きだ。
ジンベイに会えた時の、みんなの笑顔が好きだ。
キャプテン マークの誇らしそうな笑顔と
スキッパー ピタの「よくやった」の声。
そして、みんなからmomと呼ばれるシェフ兼ガイドのアリシア(アリー)のハグ。
今日は、逢えるんだろうか。
そんな事を考えながら、ただジンベイに向かって泳ぐ。愛おしい人と待ち合わせてるみたいな気持ちだ。
特徴のある傷が見えた。3日前にも遭遇した子だ。コガネシマアジをひらひらとまとって、コッチに向かっている。
「良い子だね。また逢えたね。まだ潜らないでね。ヨロシクね」と心の中でつぶやいて、片手を水面から高く挙げる。
ココにジンベイがいる印だ。この手を目指して、観光客達は泳いでくる。ジンベイが見えている間は、片手を高く上げながら泳ぎ続ける。
スポッターは観光客の目印でもあるけれど、ジンベイの守護者でもある。
ゲスト達がジンベイの行く先を邪魔しないように、この子達を誰も傷つけないように護るのも私達スポッターの役目だ。
きっと、歳をとったらシミシミのおばあちゃんになるだろうけれど、この仕事が好きだし誇らしい。
そんな事を考えながら振り返る。こちらに向かって泳いでくる一団が見えた。私達のボートのゲスト達だ。前方サイドにピタ、最後尾にアリーがついている。丁度この子が向かっている先だ。手で止まれとサインをする。ただそこで待っていれば、この子が近付いてくれる。今日は、ラッキーだ。
他ボートも駆けつけ、3組で幸せな時間を共有する。時間にすれば数分だが、全力で泳いだゲスト達は、にこにこと そして興奮気味にボートに戻って行く。
見習い中のアンディが、ゲストのフィンを預かり乗船を助けている。
振り返るキャプテンに、片手を頭にあてて大きく丸を出した後、水面に大の字に浮かぶ。太陽が眩しい。
暫く、スノーケリングをしているゲストを見守った後、一緒にボートに戻る。

昼食だ。
今日のメニューは、ビーツの入ったアリーお得意のサンドイッチと果物。初めてビートルーツを見た時は、あまりにも鮮やかに赤くて手を出せずにいた。
「コレを食べないなら、もう何も作らない!!」と怒るアリーに負けて食べてから、今ではビーツがないサンドイッチは物足りなくなっている。

ビートルーツ(ビーツ)の缶詰

ゲスト達はそのサンドイッチを口いっぱいに頬張りながら、興奮気味に先程のジンベイの話をしている。
今日はこの後、場所を変えて2本潜って帰港する。
ゲスト達が食べ終わったのを確認し、私達もサンドイッチと水を掴んで屋根に登る。一口齧って寝転ぶ。移動中の潮風、焼けた屋根にあたる濡れたウエットスーツが気持ち良い。

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