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パリ ゲイ術体験記 vol.47「汗だくカミングアウト」

23歳でパリ留学に来るまで、ゲイである事のカミングアウトなどは考えていなかったし、特に誰かに理解してほしいもなく過ごしていた。
自分の性格はまあまあ女子っぽいと思春期には一応自己分析していたが、勘が良い人ならば貴方が勝手にゲイではないかと見きわめてね程度くらいに考えて暮らしていた。
世の女性で自分の周囲にゲイが全くいなかったり、いたとしても交流もなく過ごしてきた場合は、私のような男と関わっていても勘が作動しないので、疑ってみることすらしない事もわかってきた。

パリで私が在籍していた音楽院のピアノクラスは、フランス人よりも日本人留学生の方が多かったくらいだが、日本人の中では黒一点だった私。
いやがおうにも女子学生との交流が始まったが、その女子友達の中で同じ年にパリに着いてクラス入りしたTちゃんという子と特に仲良しになっていた。
クラスには本物のお嬢様やお嬢様もどきで溢れていたけれど、その中のTちゃんは一旦口を開くとバリバリの難波っ子であるのが丸わかりになる喋りで、更に全ての言葉を最後まではっきりと発音してしまうあたりが、時には関東出身のお嬢様諸々からはけむたがられ気味の存在でもあった。
Tちゃんは多分誰もがキレイと認める美人さんで、雰囲気は日本女性というよりはザ•ハワイの女といった風でパイナップル感漂う人。

おそらく前世ではまっとうな侍であったに違いないと想像させるその気質から、何事もいい加減なこのパリの日常では今でも憤らずに済む日がない日々を送っている。
例えば私と街でショッピングをしていて、お店の対応が杜撰だったり無礼だったりした時、大方の日本人は「これがパリだから仕方ない..」と諦めるところを、Tちゃんは一瞬の間を空けずに「あのね、あなたね。ちょっと言わせてもらいますけど …」と始めるのだ。特に相手が憎たらしい居丈高で高慢ちきなオバサンだったり図太い大男だったりすると、彼女の威力はパワーアップして時には正義感の暴走と化す。
「責任者と話がしたいから呼んで下さい!」
「自分が責任者だから他にはいないけど何か!?」
「えーっ!信じられない。貴方のやってる木偶の坊みたいないい加減な応対をしておいて、よくまあ責任者が務まりますねえ!貴方ではお話にならないから上等な上司を探して話をしますので引っ込んで下さい」
. . .ざっとこんなやり取りを端で目にすると、日本のテレビ番組によく登場する上沼恵美子さんという元漫才師とそっくりであると感心して眺めてしまう。

Tちゃんをぞんざいに扱って、最後はぐうの音も出なくなった高飛車なフランス人の末路を私はどれだけ見てきたことか. . .
フランス人と比較しても同等ではない語学力であるのに、彼らお得意の主張をも打ち負かす姿はアッパレとしか言いようがない。
この小柄な日本女性がデパートの売り場でやる気のない店員と小競り合って、しまいにはデパートのディレクター室にまで到達して「お詫び料」までも勝ち取った逸話は、したたかなパリ女をも黙らせるのに充分である。

さて、学生生活も終わって数年が過ぎた頃の話。
ある晩二人でワインを飲みながらのビストロご飯にて「なあ、のりタマ。あんたいつまでたっても浮いた話ひとつあらへんなぁ。なんでやの?」と切り出してきたTちゃん。焦って「なにしろ、もてないものでね…」と誤魔化したら話が発展してしまった。
T 「それ、ホンマの答ちゃうやろ。私、理由は大体        見当がついてるねん。辛かったら相談にのるか        ら私にだけホンマのこと言いや。聞いたるで」
私   (理由想像できてるなら静かにほっといてよ..と
       思う)
T  「あんたそれって知ってる?実は病気なんやで」
私  「エッ、病気??」
 T   「そうや。一度夜中のテレビ番組での特集で観         たから知ってるねん私」
大事な悩みを聞くのは親友としての義務だから、打ち明けてくれるまで帰さないと言う。
私 「で、いったい何の病気だと思ってるの..?」
T   「要するに、あっこが勃たへんのやろ」
私  (ヒィィ~!!) 「それは一応は使える. . .」
T   「精度がよーないとしたら、それはあんたがブ          スばっかりと縁があった副作用やで。それはあ        かんわ。大事なとこはホンマ正直やで!」
….と、まだ言っている。

これ以上曖昧にしておいて万が一証拠を見せろとでも迫られたならば、それこそ永遠に使い物にならなくなる恐れもあるので、はっきり言う決断をした私。「女は好きではありません」と。
それを聞いた彼女は「ふ~ん…」と答えた10秒ほど後に45度ほど後ろに突然のけ反ったと思いきや、シーシー声で「も、もしかして、あんたってオ、オカマ!ホモっていうやつ?!」
やっと正しく伝わったと思ったら再び「ひぇ~」と叫んで「まさかそんな人間が世間に本当に存在しているなんて知らんかったー。おまけにこんな身近にいたなんて. . .」と、幽霊かUFOにでも出くわしたような騒ぎ様であった。

そして、この半ば強制的カミングアウトで一件落着かと思いきや、Tちゃんの沸き上がる好奇心は全開となり、私が密かにゲイバーに出かける時にも頻繁についてきて周りの客をも賑わす変なオコゲになってしまった。
異国で間違えてゲイバーに足を踏み入れてしまった日本人の新婚旅行客だと思う客もたまにいて、
「あのねー、ここは怖い所ではないけれど、どういうバーか知らないでしょう..?きっと間違って入ってきちゃったと思うよ. . .」と英語で言われることも。
「なあに、そんな事は勿論知ってますがな。あなた     達はみんなホモでっしゃろ。ちなみに勘違いされ     ると困るから先に言いますけど、私はレズビアン     ではないですからね!しかし、ゲイバーのお客さ     んって皆優しいし女子に色目を使ってこないか         ら鬱陶しくなくて、私オカマさん好きやわ~」
こうやって、我々二人は時折出没する変な日本人コンビとして他の常連客に顔を知られていった。

私へカミングアウトさせた以降に一気にゲイ慣れしたTちゃんは、今や高性能のゲイ探知アンテナが生え整ったらしく、どこにいても「そこにもあっこにものりタマのお仲間がおりまっせ!」と知らせてくる余計なお世話的オバサン•ピアニストに変貌したのである。


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