パリ ゲイ術体験記 vol.34「ジェルバ島 熟女の悦しみと嗜み」
フランスに住んでからの初ではなくて、人生初めての"夏のヴァカンス"と銘打ったツアーに参加した時の話。
友人のピエールは、普段は何だかよくわからない仕事をしている人だが、そのよくわからない仕事の中の1つに「ジェルバ島タラソテラピ―•ツアー」企画というものがあった。たまに話は聞いていたから、定期的に参加者を募集していたようである。
「のりタマはこんなに長くフランスに住んでいるというのに、一度も夏のヴァカンスに行った事が無いなんて信じられないよ..」と彼からも言われ続けて数年が過ぎて、ある年の夏にとうとう丸め込まれて出かける羽目になった。
私はカナヅチなのでビーチに興味が無いだけでなく、団体旅行と聞いただけで気持ちが萎えるという社交性の低さ。
それに、ピエール企画のツアー参加者は殆どがオバサンだと聞いていたから、ゲイの身としては出かけてみたい欲求が湧かないのは自然であろう。
金銭にはシビアなピエールからの「現地でのホテル代を特別にタダにしてあげるからおいで!」という怪しい誘いにつられてしまった私は、ツアーの集合場所である空港のLCCカウンターで出発を待っていた。
ヴァカンス出発でごった返している待ち合わせ場所にピエールがやってきて、ツアー参加者に声をかけて回っている。
集まった20数名全員を見渡せば、見事に熟女ばかり。熟女と聞くとフェロモン健在の色気が漂う女性の響きがどこかにあるが、この人達はアンニュイ風で身持ちの悪そうなオバサンの群れ。中には後期高齢者になって久しい大バアサンもいる。
「人生初の夏のヴァカンスなのに、このオバサングループと2週間も一緒か…」と考えたら、同時期に豪華客船貸し切りでのエーゲ海のゲイ•クルーズ•ヴァカンスに出かけた友人のキラキラな様子が脳裏をよぎって自然と溜め息をつく。
チュニジア本土に近い地中海に浮かぶジェルバ島は、特にフランス人•ドイツ人•ロシア人が多く訪れる安さが売りのヴァカンス地。
日本から台湾あたりに行く感覚に近いかも知れない。
リゾートホテルに着いたと思ったら、滞在のオリエンテーションを早速ピエールが始めていた。
彼が作ったスケジュール表をよく見たら、枠囲みで何故か私ひとりだけの写真が載っている。
そこには「今回は日本の著名なアンマ師のりタマも参加。特別に皆さんに日本式マッサージの奥義を披露します。ツアー参加者全員に1人30分の無料マッサージ付き」…..なんだって??そんなアホな!!
ホテル代タダとか言ってたのは、参加者集めにこんなインチキ企画を密かに盛り込んでいたからである。
「こんなのって強制労働つきヴァカンスじゃないのさ!詐欺師ーッ!」と文句を言えば「まあ軽い気持ちでやっていればいいよ。君はマッサージがプロ並みに上手だから誰も疑わないから大丈夫。でも、本当はピアニストだなんて絶対に言っちゃ駄目だからね。頼むよ!」…
ホテルがタダと言っても、イビキがうるさいピエールと同室で、しかもダブルベッドひとつだから私のホテル代などはかかっていないに等しい。
滞在初日で来てしまった事を早くも後悔する。
滞在中の日課は、午前中はホテルでタラソテラピーをやって午後はビーチに出るだけである。
ジワジワと照りつける太陽の下、何もしないで寝そべっているのが自分にとってこんなに辛い事とは思わなかった。
生来の貧乏性ゆえか性分に合わないのかは知らないが、明日も明後日もこの無駄そうな時間を送らないといけないと思うとゲンナリしてくる。
長年来る日も来る日も続けていたピアノの修練の事も気になってきて、何日も楽器から離れて練習していない自分に罪悪感すら感じてしまう。
そんな話をピエールにしても「日本人って皆そんな風なの?気の毒だね」とあり得ないような顔をしている。
「折角来たのだから、他のマダム達みたいに楽しまなくちゃ!」と言って、彼女らがどうやってこの島を満喫しているかの話になった。
聞いてびっくりで、マダム達のジェルバ•ツアーのお楽しみはなんと男遊びであるとの事。
「夜もふけると彼女達は暗いビーチに出かけて、声をかけてくる現地の若い男を待ってるんだよ。嘘だと思うなら、夜中0時くらいからビーチに行ってみな」と言うので、にわかには信じられなかった私は確認のために夜中にビーチに繰り出してみた。
目を凝らして見たら、あちらこちらにいるではないか!その数知れず。夜に舞う蝶というより、満月の夜に砂浜に産卵に上がってきた大ウミガメの集団をご想像頂きたい…
あっ、あのマダムだ!ゲッ、あんなオバサンまで!…みたいな具合で、目撃してしまったこちらが悪い事をしたようで、視線をそらして早足の忍び足で通りすぎなければならない。
照らしているのは月の光だけなので、シミやシワや肌のたるみが目立たなくて良いのは判るけれど、逆にこれらの物体に声をかけ得る強者は一体誰なのか?と自然な疑問がわいてくる。
おばさま達がくれるらしき僅かなお小遣いも収入が低い現地の若者には魅力的であるらしいけれども。
「そんな無駄な詮索してないで、のりタマも試しにビーチで待機してみたらいいさ。ここの若者は相手が女でも男でもあまり関係ないんだから」なんて話をまたピエールが言うので、翌晩はまた実証実験のために夜中のビーチにひとりで繰り出した。
「ボンソワールお兄さん。男一人で退屈みたいだねー」と若者二人組が早速声をかけてきた。話はどうも本当らしい…
「何号室に泊まってるの?」と訊いてきたが、真面目に答えたところでホテルには現地人は入れない仕組みになっているので、つきまとわれるリスクは無い。
「25号室だよ」と答えれば「あ、それなら僕達は昨夜26号室の○○さんと親密な時間を過ごしたぜ」と言ってきた。
ちょ、ちょっと待って、ウソだと言って!26号室のオバサンは今回のツアー参加者の中でも容姿•知性品性•教養の全てでトリプル赤点のお方なのだ!
もしも自分が異性愛者だったなら、これならダッチワイフを傍に置く方が勝るとも劣らないと考えるだろうと思った…
「なかなか熱いフランス女だったよな~」と2人がニヤニヤ話しているのを後ろに聞きながら、背筋に悪寒を覚えて部屋に逃げ帰った私であった。
どこのお化け屋敷よりも怖かったとピエールに話せば「ほらね、嘘じゃないだろう。それがこのツアーの醍醐味なんだから」と笑っているだけだったけれど、一瞬ピエールが「お安くできるシニア痴女ツアー」の主催者に見えてきたのはちょっと意地悪であろうか。
帰路の飛行機の中で、ピエールが「皆さんにおめでたいニュースがあるから聞いてよ」と言って、ツアー常連参加者のジュヌビエーヴさんとジェルバ島のチュニジア人青年ヤシーン君がめでたく結婚する事になったという報告した。
ちなみにジュヌビエーヴさんはツアー参加者最高齢の83歳。そのヤシーンという青年は18歳を迎えたばかりであるそうな…
私はジュヌビエーヴさんにまことしやかに寿ぐのがどうしても嫌で、ずっと狸寝入りを決め込むのだった。
それから4年後、入籍の為にヤシーンをフランスに呼び寄せていた元女医さんだったジュヌビエーヴさんは、全財産を彼に使われスッテンテンに成り果て、逆にその若い旦那は生まれ故郷に立派な屋敷を建てた..との事であった。
ジェルバ島に異人怨霊がまた一体増えそうな予感。