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パリ ゲイ術体験記 vol.55「南京虫流行りのパリ」

2年ほど前に、パリで南京虫(別名 :トコジラミ)の大発生があった。
一応収束したらしいけれど、それでも以降たまに南京虫の話を耳にする。暖かいベッドだけに住み着くわけではなくて、バスやメトロの座席から持ち帰ったというケースもあるようだった。
我が家では幸い発生しなかったが、数階上のアパートでは白いマットレスが茶色く見える程に繁殖したと聞いて、隣人たちは一斉に玄関の隙間に目貼りなどを施して入ってこないようビクビクしながら暮らしていたものである。

南京虫の大発生はその場の環境の清潔度とはあまり関係がないとはいうけれど、それでも噛んで血を吸うやつであるし、完全に駆除するのは容易ではないらしいから迷惑この上ない害虫といえる。家じゅう隅々まで南京虫だらけになって、やむを得ず引越を決行した家庭もあるなんてニュースも流れていた。
花の都パリに揚羽蝶やてんとう虫が大発生したならば人々の嫌悪感もそうないだろうけど、南京虫となると話が違う。
特に「おフランス」なんて言ってる方々には、パリ&南京虫のイメージは許しがたいダメージである。
どう見ても南京虫が宿りたいと思うであろうボサボサ頭とヨレヨレ服の近所のおばさん達が「イヤだわねーっ!もし貴方の家で繁殖したらすぐに駆除業者を呼んで頂戴よ」と話しかけてきたが、清潔に気を配っているなんてとても見えないおばさんの頭を眺めながら、先ずは自分の所の心配をするべしと思ったものである。
フランス人が衛生面で説教をたれるなど、なかなかの身の程知らずで笑っちゃうのである。

確かに自分の家で発生したら面倒そうではあるが、私はあんまり気にしていなかった。
まだ日本の実家で暮らしていた頃、飼っていた猫の蚤が大発生して皮膚の柔らかい家族は身体じゅうを喰われまくった経験があったから。
母は私以上に変人で「アッいた!飛んだ!そこにも!」と楽しんでいるようなところさえあった。
彼女は猫を抱き抱えて毛の中を逃げまどう蚤を捕まえて潰す作業が趣味みたいになり、風邪薬の空き瓶に貯めた蚤を「ほーら、こんなに貯まった」とか見せてきて「コレ、誰か買う人いないかしら?」とか言っている。そんなナンセンスな物を誰が買うというのか. . .
「はい次!はい次!」なんて下らない事をやってないで、空き瓶に小銭の貯金でもした方がまだいくらかマシだと思いながら眺めていた。

南京虫や蚤とはだいぶ大型になるけれど、母が暮らす田舎の家で最近アナグマの大発生がおきた。正しくは大襲来と言うべきか。
別名でムジナというアナグマは、タヌキほどの大きさで性格はわりとおとなしくて夜行性。
毛皮にしたらさぞかし暖かいだろうと思える豊富な毛並みで、ノッコノッコと歩く。
何故そんな動物が我が家に押し寄せたかと言うと、10匹ほどの地域猫の為に置いてあるドライキャットフードを目当てにやって来るのである。鋭い爪で地面を掘ってでも屋内に侵入してくる。
母の現在の棲みかは、家と言っても昔の農家の大きな作業場を少し改造して2階に寝室を作っただけのもので、階下は彼女の仕事のアトリエとして使っていて、半ば外と大して変わらないような場所だ。

雑食性のアナグマは匂いの強いキャットフードが特に目がないらしく、空腹になるとそればかりを狙って訪れるようになった。じきに家族全員を引き連れてやってくるようになり、猫は自分達のエサを山ほど食べられてしまうようになった。
次第に厚かましくなってきたアナグマは、階段を上がって母の寝室の襖さえ開けて侵入するようになって、ある夜中に母が枕元でエサを食べているらしき猫を撫でたら実はアナグマだった事もあるそうな。
辟易した母は役所に電話をして老人独り暮らしで困っているからと捕獲を頼んだところ、アナグマは保護動物に指定されているから捕まえる事さえ罪になるからダメ. . .とお役所様は冷ややかにのたまわれたそうである。

母は私に手伝ってほしそうで勿論私もそうしたかったが、アナグマ捕獲だけのために今やたら高い航空チケットを買って帰国する余裕も時間もない。
仕方なく、私は通販で捕獲檻を購入して実家に送ってみたところ、たったひと月で12匹のアナグマが捕まったのである。それも、一旦檻に入ったアナグマは、全く身動きができないほどデカイのが。

アナグマの情報を調べたみると、地域によっては保護動物だけど、その肉は柔らかで臭みも全く無くてたいそう美味であると何人もが書いていた。
そこで私は自分のフェースブックに「誰にも知られずこっそり差し上げますから、引き取ってお家で美味なアナグマのバーベキューをしませんか?」と載せてみたけれど、そこはやっぱり真面目な日本人、反応はゼロだった。
仕方なく、母は遠くの人里離れた山あいまでアナグマを放ちに捕獲檻を抱えて12往復したのだった。

害虫にしても小動物にしても何でもいきなり増えると、平和と快適さにどっぷりと浸かっている現代文明人のこのご時世、簡単にパニックに陥って大騒ぎになる弱さがあるのを実感させらたこの頃である。


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