お願いですから

辛いことを思い出した日、とっさに「お願いですから」と口に出した。
ほんとうに無意識のうち、そう言葉に出していた。
「お願いですから」。
誰かに祈るような、縋るような言葉。
誰かの助けを待っている声だ。

私の母は、私が小さい子供の頃に亡くなっている。
母のことはあまり覚えていない。父から教えられた印象として、唯一残っているのが、「熱心な宗教家」ということだった。
母はキリスト系のある宗教を信仰していて、そこでは少し有名人だったらしい(深くは知らない)。
亡くなった後も母のお骨はその宗教団体が管理する墓地に眠っていて、そして私も父に連れられ、教会で礼拝に参加していた。
そこは学校と家の中しか知らない私にとっては、すごく新鮮で異質な場所だった。
神様そのものでは無く、教祖の写真に向かって、皆一様に深く祈る。
目を閉じて、静かに。ただBGMの讃美歌だけが響く。
「何をしているんだろう」と思っていた。
ただ、眠いな、とは思っていた。
私はよく礼拝中に寝ては隣の人に起こされていた。
(申し訳ないことをしていた)
実際、他にも寝ていた人はいたとかいないとかも聞く。
感受性の乏しさ、いや信仰心の乏しさゆえに、私はその場にいらっしゃる筈であろう神様を、ついぞ感じることはなかった。
ただ、人間の鼻をすするような音だけが聞こえた。

教会には行かなくなった。
献金問題や政治家との癒着が大々的に報道されたから。
あの教会にいたのは、神様というか、献金を捧げれば全て許すような、なんというか都合の良いものなんだと思う。
私の信じたかった神様は最初からいないのかもしれないし、そもそも神様という存在がないのかもしれない。
それでも私が「お願いですから」と縋ってしまうのは、きっと私が弱くてちっぽけな存在だからなのだろうな、と悲しくなった。

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