見出し画像

短編小説   「未来予想図」(前編)

前日に、木枯しが吹き荒れ、11月末だけれど、もう真冬じゃないかと思わせる寒い朝だった。
そのうえ、空は、錆色に曇っているもんだから、よけい、陰鬱で寒さを感じた。
それに、今日は、一年前に、夫の哲夫が脳腫瘍による長きにわたる闘病生活から開放された日だ。
見ているこっちが、締め付けっれるような、あの苦しみから、解放されて、良かったんだと、無理に自分を納得させ、
まだ、全てではないが、やっと色んな気持ちの整理が、つき始め、前向きに進みだそうとしていた矢先の一周忌が、聡美にとっては、哲男が自分のことを忘れるなと言っているような気がして、
一周忌という行事じたい辛いなと思っていた。
哲男のことを忘れたいわけではないが、まだ、幼い、子供の祐樹の為にも、毎日めそめそしている訳にもいかない。
せっかく、普通に日常を過ごせるようになったのに、一年前の気持ちに引き戻されそうなのが、怖かった。
あの時の、聡美は、仕方ないが、ほんとうに、どうしょうもない、精神状態だった。
お寺に向かうため、同居している哲夫の両親と、息子の祐樹を伴い、ちょうど玄関から出ようとしていたときだった。
郵便ですよ、と元気な声がして、開けていた玄関まで、郵便物を持ってきて、義母の和子に渡した。
和子は、それを見るとギョッとした顔になった。
そして、裏の差出人を確認すると、
なにこれ、悪戯か、何かのイベントと言って、その手紙を聡美に゙渡した。
宛先と差出人が夫の池田哲夫になっていた。
聡美も一瞬なんだかすぐには分からなかったが、
封筒に印刷してある、つくば万博のマークを見て、聡美も、ほとんど忘れていたが、あることが頭に浮かんだ。
聡美は、履いていた靴を脱ぎ、玄関横のトイレに駆け込んだ、
祐樹の前では、涙を見せたくなかったが、どうしても、こらえることが出来なかったので、トイレに逃げ込んだ。
手紙を握りしめ、便座に座り込み、思わず嗚咽した。
聡美には、開けなくても、その中の内容は、分かっていた。
そして、その時の光景が、写真のように頭に浮かんできて、
涙が、とめどなく流れた。
「どうしたの、大丈夫?」
ただ事ではない様子を心配した和子が、ドア越しに声をかけてきた。
「お義母さん、ごめんなさい、私、今日いけない。」
「聡美さん、なに言ってるの、そんなわけにいかないでしょ、あなたが行かなくてどうするの。」
和子は、半ば叱りつける様に言った。
「こんな気持ちじゃ、行けないし、行ったって、普通じゃいられないわ。
こんな姿、祐樹に見せたくないし。」
すすり泣きながら、聡美は、言うと、
トイレのドアを開け、手紙を和子に渡した。
「お義母さん、読んでみて、だけど、祐樹には、何が書いてあるか言わないで、
私から話したいから。でも、なんで、今日なの」
和子は、分かったと言って、手紙を受け取り、少しひんやりするリビングのテーブルに身体を固くして座り、
まじまじと、少しくしゃくしゃになった、手紙を見た後、おそるおそる、その手紙を開けた。
聡美の様子から、普通ではないことは、分かったが、差出人が、哲男なので、
生前に書いていたものなのか、なんなのかは、和子には、全く想像もつかなかったが、郵便物だし、哲男が逝去したのは、1年前だし、聡美が言うように、なんで今日、届くのだろうと思った。
やがて、トイレにいる、聡美にも分かるほどの、和子の嗚咽が聞こえてきた。
少しして義父の信吉が、リビングに行くのが気配で分った。
そして、二人リビングから出て、トイレの扉がノックされた。
「聡美さん、今日は、家にいていいよ、でも、祐樹は、連れて行くよ。」信吉の声は、明らかに涙声だった。
「はい、勿論です、お願いします。」聡美は言った。
「しかし、哲男のやつ、なんて悪戯をするんだ、困ったやつだ。」と信吉は、無理に笑いながら言った。
「お父さん、違いますよ、想いだと思います。このことは、祐樹には、言わないでください、
私が落ち着いてから、私が、きちんと伝えたいので。」
「そうだな、分かってるよ、じゃあ、わしらは、祐樹連れて行ってくるよ。」
「聡美さん、ゆっくり休んでいてね、手紙は、リビングのテーブルの上に置いておいたわ。」和子は、心配げに言うと、出かけて行った。
車が車庫から出ていくのを確認してから、トイレからゆっくり出て、仏壇の前に行った。
今、位牌は無いが、そこには、にっこり微笑んだ哲男の写真がある、毎日、朝と夜に、この写真を見ながら、お線香をあげ、おりんを五回鳴らすのが、日課なので、見慣れている写真で、いつもは、そんなことは無いのだが、今日は、恋しくて恋しくて仕方なくなり、また、涙があふれて、家には、誰もいないので、思いっきり泣いた。
これだけ泣けば、少しはすっきりするかと思ったが、そんなことは無かった。
気持ちを落ち着けるまでは、少し時間がかかった。
落ち着いてから、線香をあげ、手を合わせ、おりんを五回鳴らし、心の中で、何か言ってみろよと意地悪と少し悪態をついた。
もし、哲男の魂が、この世のどこかをさ迷っていてるなら、お化けでも何でもいいから逢いたいと思った。
変な悪戯なんかしてないで、出ておいでと思ったし、今日のことは、哲男の何らかの力により、意図されたものとしか、聡美には思えなかった。
聡美は、ひとしきり哲男に話しかけると、仏壇にある哲男の写真を持って、寝室に行って喪服のまま、ベットに横になった。
少し寒かったが、布団もかけずに、このままの方が、頭を冷やせて丁度良かった。
発病後の哲男は、だんだん、太ってしまい、仏壇にある写真は、元気だったころの写真で、聡美が選んだお気に入りの写真なので、
それを、胸に抱えて横になっていた。
葬儀の時の写真は、とても選べなかったので、頼んでしまったが、仏壇に置く写真は、毎日見るので、どうしても自分で選びたかったが、
葬式の写真と違って、時間制限があるわけではないが、とにかく、過去の写真を見ることが、辛くて時間がかかった。
2人で見るはずだった写真アルバムを一人で見るなんて、でも、見るのが辛くて時間はかかったが、
写真はすぐ決まった。
その写真がいつも仏壇にある。
聡美は、少しウトウトしながら、もしかしたら、夢に出てきてくれるんじゃないかと期待したが、出てきてくれることは無かった。
寝ていた聡美は、電話で起こされた。
「大丈夫かい?」電話は、聡美の母、幸代だった。
「大丈夫よ。」
「ならいいけど、和子さん、おまえが来ないから、皆さんに、説明に回って大変だったよ、事情は、聞いたけど、ちゃんと、お礼言っておきなさい。」
一周忌で、喪主がいないなんて、皆さんおかしいと思っただろうし、お義母さんには、申しわけないことをしたと思ったが、
聡美は、もし自分が行っていたら、もっと、違った意味で、お義母さんに、迷惑かけていたと思った。
「分かった、言っておくよ。」
「で、これから、おまえの顔、見に行っていいかな?」
「ごめん、お母さん、今日は、止めてもらいたいな。祐樹と話さないといけないと思うし。」聡美は、少し迷ったが、母の申し出を断った。
幸代は、聡美の声を聴いて、少し安心したようだった。
幸代は、分かったと言って電話を切った。


#カタマヒロ   #短編小説      #未来予想図   


いいなと思ったら応援しよう!