短編小説 「未来予想図」(後編)
もう、すこし、周りが暗くなったころに、両親と祐樹が返ってきた。
もうすぐ12月なので、暗くなるのは早い。
緩い木枯らしが吹く玄関先で、お清めの塩をまきながら、寒い寒い言って家の中に入ってきた。
塩なんかまかずに哲男が付いてきてるなら、そのまま連れてきて欲しいと聡美は思った。
信吉は、リビングに座るなり、今日の晩飯は、寿司の出前でも取ろうと言った。
和子もそれがいいと言い、さっそく、馴染みの寿司屋に、出前を頼んでいた。
その間、哲男の手紙は、そのまま、机の上に置かれていたが、
信吉も、和子も、そのことも、今日の一周忌のことも、何一つ話さなかった。
「ちょっと、祐樹と二人で話しますね。」と言って、手紙を掴み、祐樹を連れて、隣の和室に行って、祐樹をテーブルの前に座らせ、自分も、隣に座った。
この手紙のことをどう伝えようか、迷っていた。
幸か不幸か、祐樹は、まだ、自分で、この手紙を読むことが出来ないので、そのものを見せなくていいだろうと思った。
手紙を見せられないとかではなくて、この手紙を開いたら、それこそ、自分が普通では、いられなくなりそうなので、中の内容は、分かっているし、手紙を見ないで話すことに決めた。
「祐樹、今日、パパから手紙が来たんだよ。」 と言って、手紙を祐樹の前に置いた。
「パパ、もういないんじゃないの?」
「そうだけど、来たんだよ。」
「どこから来たの?」祐樹が無邪気に聞いた。
「それは、ママも分からない。」聡美は、上手い答えが見つからず、そう答えた。
「そうなんだ、手紙なんて書いてあったの、僕も知りたい。」
「分かった、祐樹は、まだ、字が読めないから、ママが教えてあげるよ。」
「僕、早く字が読めるようになって、パパの手紙読みたい。」 聡美は、少しドキッとしたが、いずれ読める様になったら、読ませようと思った。
「でも、今、読めないから、ママ教えて。」
「パパはね、ママと祐樹の前からいなくなっちゃったけど、雲の上から、いつも二人のことをちゃんと見ているので、祐樹は、いつもいい子にして、
ママを困らせちゃだめだよって。見えないだけで、いつもそばにいるからって書いてあったよ。」聡美は、ほんとうに、哲男が傍にいるような気持ちで、祐樹に話した。
祐樹の表情を注意深く見ながら話して聞かせ、素直に納得してくれたようで少し安心した。
すごく真剣に話を聞いていた祐樹だったが、今日の朝が早かったせいか、目がとろんとしてきて眠そうだったので、二階に連れて行き、ベットに入れたら、あっという間に寝てしまった。
しばらく、添い寝していたが、インターフォンが鳴ったので、下に降りていくと、和子が、お寿司を受け取っているところだった。
あの感じだと、祐樹は、起きずに朝まで、寝ちゃうと思うので、聡美は、安心して、リビングに降りて行った。
リビングの、テーブルの上に、寿司桶が置かれ、信吉は、既にビールを飲んでいて、聡美がテーブルに座るとその前にグラスを置き、ビールを注いだ。
「三人だけで、一周忌しよう。」と信吉が言った。
「三人で一周忌するのが、なんとなく落ち付いて、しっくりくるわ。」和子は、口の中で反芻するように言った。
「しかし、哲男のやつは、とんでもないことするな。」信吉は、笑いながら言った。
「お義父さん、私は、哲男が、やったんだと思ってますよ、マジで。」
「そうかもしれんな。」信吉は、自分に言い聞かせるように言った。
「ところで、聡美さん、手紙読んだの?」和子は、聡美に尋ねた。
「お義母さん、読まなくても分かるんですよ。」聡美は、そこそこ大きいコップのビールを一気に飲み干し、
空になったグラスに、信吉が、すかさずビールを注いだ、
「あの手紙、結婚前の学生の時に、一緒に行った、つくば万博で、未来の自分への手紙という企画で、一緒に書いたんですから。」聡美は、泣きそうになりながら言った。
そして、また、一気に飲み干し、信吉が新しいビール瓶を冷蔵庫から取出し注いでくれた。
「そうだったんだ、あそこに書いてあったことは、そうなりたいと思って書いたんだ、そうかそうか、
じゃあ、聡美さん、今日は飲もう。」
和子もハンカチで、目頭を押さえていた。
「聡美さん、今日は、何でもありだ、祐樹も寝てるし、泣いて笑って、いっぱい飲もう、これが、本当の一周忌だ。」
「大学卒業後、私達結婚し、ここにお義父さん、お義母さんと一緒に住みだし、その頃、ドリカムの未来予想図って曲がヒットして、よく、二人で、私たちの、、未来予想図は、完璧だったねと盛り上がってたのよ。」
「聡美さん、手紙、もう一度、ここで、三人で見ていいかな、無理にとは言わないけど。」信吉が、申し訳なさそうに言った。
「いいですよ、三人で、読みましょう。」聡美は、少し酔っぱらっているし、和子も泣いているし、いいだろうと思い、和室に置いてある、
手紙を持って来て、リビングのテーブルに広げた。
哲男の汚い懐かしい文字が目に飛び込んできて、つくば万博のカフェで、この手紙を二人で書いた時のことが、ついこの間の事のように、
蘇ってきて、涙が、ポロポロ頬を伝った。
和子が、慌てて、手紙が濡れないように、ハンカチで、涙を拭いてくれた。
「聡美さん、いいんだよ、いっぱい泣いた方がいいよ。」信吉が優しく言った。
2人、結婚して、僕の実家で暮らす。信吉は、手紙を聡美から、取り、手紙を読んだ。
「そうなんですよ、大学の頃から結婚しようと決めていて、哲男は、結婚したら、実家で暮らしたいというので、
この手紙の宛先もここにしたんですよ。」この手紙を書いている時は、夏の暑い日だったけど、哲男がテラス席に座りたいというので、汗をかきながら、そんなことを二人で話しながら、書き進めて行ったっけ
暑い日ではあったが、テラス席は、木陰になっていて、風も吹いていて、思ったより、づっと心地良く、二人、アイスコーヒーを飲みながら、未来の自分たちに、思いをはせ書いた、
ちょうど、哲男は数日前に珍しく、髪を短く切っていて、聡美には、その哲男の髪型がお気に入りで、写真に撮った、今は、その写真を仏壇に飾っている。
その時の空気の匂い、哲男の表情、アイスコーヒーの味まで、しっかりなにもかも覚えている。
聡美が、そんなことを思い出していると、信吉がすうっと立ち上がり、仏壇から哲男の写真を持って来て、哲男の席に置いた。
「お義父さん、この写真、手紙書いている時、取った写真なんです。私、今、その時のこと考えていました、そしたら、お父さんが、
この写真持ってくるもんだから、ビックリしました。」
「そうか、今日は、不思議なことが多いな。こりゃ、ほんとに、哲男このへんにいるな。」信吉は、何とも言えない表情で言った。
そしてコップを出し辰を乗せ来ぬ置きビールを注いだ。
和子は、哲男が好きだったネタの寿司を小皿に取り分け、ビールの横に置いた。
「おまえ、中トロ好きだったよね、食べられるかなぁ」和子は、ぼそりと言った。
私と哲男と和子、信吉で、何回このテーブルを囲んだんだろうか。
色んなこと話して、色んなことがあって、
すっかり、哲男がいないテーブルにも慣れたつもりだったが、
今日は、いまにも、哲男が、ただいまって帰ってきて、横の席に座りそうな気がして
和子も同じことを考えているのだと思う、じーっと、哲男が、いつも座っていた椅子を凝視している。
泣いて笑ってなんて言ったものの、哲男のことで泣くのは出来るが、笑うのは難しい、笑えるようになったらいいのになぁ、
「私も、絶対に、哲男がこのへんにいると思うので、一言文句言わせてください。」
そしてまた、大粒の涙が、ぼたぼたと垂れた。
「哲男あの時言ったよね、づっと、寄り添っていくって、そして、私も言ったはずよ、しっかり捕まえててって、いつまでも。
約束したよね、あの時二人。でも、哲男いないじゃない、どういうこと、もし哲男近くにいるなら、
一度でいいから、また、手をキュッと握って欲しい。
哲男、毎日、朝と夜に、おりんを、五回鳴らしてるの聞こえてる」聡美は、写真に向かって話しかけた。
和子は、なんで、聡美が、おりんをいっぱい鳴らしているのか、不思議だったが、哲男に向けて鳴らしていると分かった。
「哲男が病気するまでは、未来予想図は、思った通りに、叶えられていくと思ってたし、そうだった。
私の気持ちは何年たっても変わらないと思う哲男今すぐ出てきて、なんとかしてよ。
お義父さんお義母さん、ちょっと大泣きさせてください。」
ひとしきり泣くと、少しスッキリして、ビールを飲んだ、そして、気が付いた、
病気して哲男が、どんだけ泣いていたのか、私には、祐樹もお義父さん、お義母さんがそばにいる、
でも、哲男は、私を含めその全部を置いて、逝かなぎゃいけなかったんだ、その無念な気持ちは、今の私なんか比べものにならないと思う
哲男は、長い間、それとも戦っていたんだ。
「お義父さん、もう少し手紙読んでもらっていいですか。」聡美は、内容を知っていて、信吉にお願いした。
信吉は、分かったと言って、手紙を読み進めた。
結婚して2年後子供が生まれる、親子三人、じじ、ばばと楽しく暮らす、信吉が読んだ。
今度は、和子がぽろぽろと泣き始めた。
今日は、珍しく、和子もビールを口にしている。
「しかし、何なのよ、哲男は、みんな、その通りになっているけど、自分がいないじゃないのよ、どういうことなの、しょうがない子ね、笑っちゃうわよ。」
和子のこんな姿を見るのは初めてだった、哲男が亡くなった時も、ほとんど、感情的になることも無く、しっか平静を保っていたが、無理をしていたんだろうなと聡美は思った。
「お義母さん、今日は、いっぱい泣きましょう。」聡美は、泣きながら言った。
和子は、ハンカチで目頭を押さえ、うん、うん、と頷いた。
子供を失って悲しくない親なんているはずがないんだ。
「でも、お義母さん、私には、哲男がこのへんにいるとしか思えない。」聡美は、真剣にそう思ってというか、そうであってほしいと思って、話していた。
「だって、変だよ、この手紙、出したの大学卒業の1年前だから、もう、16年ぐらい経ってるんだよ、それが、今日届くなんて、ありえないでしょ。
それも、今日は、哲男の一周忌、絶対、哲男からメッセージだと思う。」
「そうだな、ほんとうにそうかもしれん。」と言って、哲男の席のビールを飲み干し、そこにまたビールを注いだ。
「でも、私、分かった気がしました、今日の事、お義父さん、お義母さん、祐樹と私で、仲良く幸せに暮らしていってくれってことだと思います。
それが、哲男が一番気がかりだったことだと思うので。
「そろそろ、楽しいこと考えましょう、来年の夏には、祐樹を海に連れて行きたいです、まだ行ったこと無いので。」聡美は、少し無理して、笑顔を作った。
「新しい、未来予想図作りましょ。」