世界激走 オーストラリア回帰編 3(懐かしのアウトバックへ)
アウトバックとは、オーストラリアの内陸部に広がる、砂漠地帯のことをいい、そこには、あまり、人は住んでいない。
そして、翌朝、エアーズロックに向け出発、そして、僕は、さっそくミスを犯した。
昨日けっこう走ったにもかかわらず、ガソリンを満タンにしていなかった。
アウトバックには、あまり人が住んでいないのだから、ガソリンスタンドだって、本当に少ない、数百キロに1軒ある程度だ。
だから、オーストラリアのアウトバックを走るときの鉄則は、ガソリンスタンドがあったら、ガソリンを入れる、なるべく、ガソリンは、満タン近くをキープ。
しかしだ、ポートオーガストまで来て、ダーウインまで続くスチュアート・ハイウェイ入った時に、満タンでないことに気が付いた。
でも、メーターでまだ、半分以上残っている、借りている車は、燃費は悪くないはずなので、まだ、200キロ以上は走るはずだが、と思いつつ、ここは、分岐点だし、少し行けば、ガススタンドがあるのでは、と思い、50キロぐらい進んだが、無い。
アデレードから走ってきて、ポートオーガスタには、ガソリンスタンドがあるのは、覚えていた。
どうするか、グーグルで調べたくとも、電波はもうない、このまま進むには、リスクが大きすぎると判断し、戻ることを決断した。
賢明だったと思う、戻って、ガソリンを入れた後、この先を行ったが、200キロぐらいは、ガソリンスタンドが無かったから。
あのまま行っていたら、ガソリンスタンドに行けたかもしれないが、ドキドキもんだったと思うので、戻って、本当に良かった。
こんなところで、ガス欠の心配をしながらなんて絶対に走りたくない。日本でのガス欠とは、わけが違うので。
もし、ガス欠になった時のことは、想像すらできないが、とんでもないことになることだけは、間違いない。
ここからは、ひたすら北上だ、ガス欠の心配も無く、なんか、ウキウキする。昔のあの感覚がよみがえる。
以前オーストラリアを1周したときに、アウトバックから、東海岸の海に抜けたときの、あれだけ、大変だった、アウトバックが終わり、海にたどり着いたのに、アウトバックが恋しくなった、何とも言えない、不思議な気持ちは、今でも、感覚的に覚えている。
ただ、スチワートハイウエイに関しては、前に来た時から、道路は、舗装されていたのだが、あの当時は、主要道路でも、未舗装の区間がかなりあったので、そこを走るのが、かなり大変だった。
そこに、また、こうして、足を踏み入れたこのアクセルの感じ、アクセルベタ踏み、ハンドルはまっすぐで、動かさない。
前回は、レンタカーが、小型ファミリーカーだったので、本当に、アクセルは、べた踏みだったが、今回は、少し大きな車なので、べた踏みではなかったが、かなり踏み込んではいる。
今でも、たまに、すれ違いのときにする、手を大きく振る合図をする車があって、嬉しかった。
ただ、昔は、ほとんどの運転手がやっていたが、今は、そうではない、そして、よく見ると、昔は、あれほどあった、動物のひかれた残骸が、かなり少なくなっている。カンガルーはともかく、牛は、きっちり管理され、道に出ないようになっているのだろうか。
それは、どんな理由であっても、いいことだ、動物をひくなんてことは、あってほしくない。
アデレードからエアーズロックまで、1600キロぐらいある。
僕的には、走れない距離ではないが、エアーズロックには、夜つきたくなかったので、オパールの街クーバーペディで一泊することに決めていたので、そんなに、慌てて走らなければいけないわけではない。
ポートオーガスタを出て、初めてあったガソリンスタンドにより、ガソリンを満タンにし、昼ごはんに、ガソリンスタンドで、久しぶりに、楽しみにしていた、ステーキバーガーを頼んだが、出てきたのは、ステーキサンドだった。
僕の中で、ステーキバーガーは、青春を彩った食べ物の中でも、トップになるくらいの、思い入れの強い食べ物だっただけに、丸が、四角になっただけでも、なんかイメージにズレがあって嫌だった。
以前は、まあるいバンズにステーキと玉ねぎやビーツなどの野菜が挟んであり、玉ねぎとビーツの丸さが、丸いバンズに良くマッチしていたのだが、当時ビーツなど食べたことが無く、それが何だか分からず、後にそれがビーツだと分かったのだが、当時から、色合いが綺麗で、いつも中に入っていたので、すごく印象に残っていた。
それが、四角い形に変貌していた、この後も、数か所で、ステーキバーガーを頼んだが、丸いバンズで出てくることは少なかった。
今は、四角がトレンドなんだろう。
それはさておき、久しぶりのアウトバックで、初めはうきうきしていたものの、数時間走っても、ほとんど変わらない風景の中で走り続けるのは、けっこう退屈だ、でも、アクセルを踏み続けるしかない。
途中一度引き返したりもしていたので、クーバーペディに着いたのは、もともと赤い大地に、夕日が沈む時間で、すべてがさらに赤くなっているときに着いた。
僕たちが泊まるのは、オパール採掘場の跡地の洞窟を宿泊施設にしたホテルだ。
洞窟暮らしが体験できるとあって、これが結構な人気だが、洞窟暮らしといったって、地べたに寝るわけでもなく、ちゃんとベットも部屋に置いてあるし、バストイレもあるので、洞窟の雰囲気を感じるだけであるが、悪くはない。
ホテルに着くと、ホテルの前に置かれている丸いテーブルで、金髪のおねーさんが、赤ワインのボトルとグラスを置き、夕日を正面から浴びながら静かに飲んでいる、とても絵になっていたしそのワインがおいしそうだった。
仲間に入れてもらいたいぐらいだったが、もちろん、やめておいた。
この街には、レストランがなさそうだったのと節約で、スーパーに行き、夜の食事と、リカーショップで、アルコール類を買い、洞窟ホテルで食べた。
確かに、普通のホテルと違った雰囲気はある、でも、僕には、洞窟暮らしというより、獄中暮らしのように感じた。
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