足跡
陽奈さんはその昔、地方アイドル時代にファンの嫌がらせにあい鬱病を患ってしまった。
そのせいで芸能活動を諦め、今は某大手のキャリア会社で働いている。
そんな陽奈さんが、ある恐怖体験を語ってくれた。
それは、雨が良く降る季節の事。
仕事を終え家に帰ると、陽奈さんはある異変に気が付いた。
廊下に何やら水が散ったような跡があったのだ。
近付きそれをよく見てみると、それは足跡だった。
水で濡れた、しかも小さな子供の足跡。
陽奈さんは気味悪がりながらそれを近くにあった雑巾で直ぐに拭った。
何でこんなものが……そう思ったがどうすることも出来ず、その日は仕事の疲れもあり、仕方なく早々に眠りについた。
次の日の朝、陽奈さんは外から聴こえる雨音に目が覚めた。
「今日も雨か……」
うんざりとしながらベッドから起き上がると、陽奈さんは肩を落とし、そのまま洗面所へと向かう。
「あれ?」
不意に足元に何やら違和感を感じた。
濡れている。
ハッとして片足を浮かせながら床に目をやると、そこにはまた、あの濡れた子供の足跡が無数にあったのだ。
青ざめた顔で足跡を凝視する陽奈さん。
怖くなり部屋中の電気とテレビを付け友人に電話をかけた。
数回の呼出音が鳴ったあと、友人の寝ぼけた様な声が耳元で聞こえた。
「もしもし!明美?」
陽奈さんは昨日、そして今あった事を、まくし立てるように明美さんに話して聞かせた。
『何か知んないけどちょっとヤバそうね……その家って幽霊とか出るの?』
「幽霊?ちょっとやめてよそういうの……そんな話聞いてないし、そもそも幽霊って……」
『でもそれ以外考えられないでしょ?家も鍵かけてたんだよね?誰か合鍵持ってるとか?』
「合鍵何て作ってないよ、ここ借りる時も管理会社の人が新しい鍵に取り替えてあるって説明受けたし」
『じゃあやっぱりおかしいよそこ、見間違いと思いたいけど、一応お祓いとか受けてみる?』
「うん……ちょっと考えとく」
その後、電話を切った陽奈さんは少し落ち着いたのもあり、雑巾であの足跡を掃除した後、仕事の準備をして早々と部屋を出た。
その日はあまり仕事にも身が入らず、小さなミスを連発してしまった陽奈さんは、落胆しつつ帰宅する事となった。
鍵を開け玄関に入り靴を脱ぐと、ふと廊下に視線を移した。
「キャッ!」
まただ。
廊下にはあのおびただしい数の子供の足跡。
陽奈さんは悲鳴をあげ靴を履き直し家を飛び出した。
傘を差しあてもなく町を彷徨い歩く陽奈さん。
一体あれは何なのだろう……。
子供の幽霊?
しかしあの部屋が事故物件なんて言う話は聞いていない。
管理会社に確認を取ろうかとも迷ったが思いとどまった。
やはり友人の言う通りお祓いでも受けた方がいいのだろうか……。
気が付くと雨が止んでいた。
陽奈さんが慌てて傘を畳む、その時だった。
ふと視界の隅に、小学生位の子供が二人映った。
何やら車の側で楽しそうに遊んでいる。
だが、陽奈さんはその光景を目にし愕然としてしまった。
直ぐにスマホを取り出し110番へと通報を始める。
「もしもし!?警察ですか?あ、あのもしかして家に不審者がいるかもしれないんです!!」
陽奈さんが通報して一時間後。
最寄りの交番に避難していた彼女に一報が届いた。
衣装部屋の押し入れに潜伏していた若い男を、警察が緊急逮捕したという知らせだった。
後に男は陽奈さんのアイドル時代の熱烈なファンであり、嫌がらせを繰り返していた人物だと言うことが分かった。
衣装部屋の押し入れからは、大量の飲食物とナイフが一本発見されたらしく、数日前ベランダから侵入し、たまたま開いていた窓から部屋の中に入ったと、男は供述しているらしい。
さて、陽奈さんがなぜ通報に至ったかというと、それはあの子供達を見たからだ。
車のすぐ側、窓に向かって遊んでいた子供達。
握りこぶしの下の方を、濡れた窓にスタンプの様に押し付け、親指と人差し指を使って更にスタンプの様に押し付ける。
子供の頃によく見た悪戯めいた遊び。
そう、あの足跡は人の手によるものだと、気がついたからだった……。
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