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経を詠む

これは、狐の友人、Aさんが体験した話だ。
Aさんは短大卒業後、地元のとある島で、自治体の仕事を任されていた。
仕事の内容は、寄付などで募った空き家を改築し、オシャレな古民家として再利用するといった、所謂町興しの一環だった。
改築と言っても、中にはスタッフやボランティアだけで行うものから、正規の業者を雇い入れ、本格的な解体工事を行うなど様々であった。

今回Aさんが受け持ったのは後者の方で、解体工事から行うプロジェクトだった。
彼女曰く、物件は一軒家だが整備しやすく工事も直ぐに終わるとの事だった。
だったはずなのだが、問題が起きた。
最初の業者が、解体工事中に仕事を降りたいと言い出したのである。
Aさんは訳を聞いたが、業者は言葉を濁し煮えきれない問答だけが互いに繰り返され、結局業者が一方的に降りてしまったため、工事は一時中断してしまった。
かと言って納期もあるため手を休める訳にはいかない。
Aさんは直ぐに役所と相談し次の業者を取り決めたという。
新しい業者も準備が整い次第直ぐに工事は再開された。
今度こそとAさんは願ったが、またもや工事はストップしてしまった。

怪我人が出てしまったのだ。
しかも一人二人ではなく四人も。
幸い死者は出なかったものの、役所からのストップが掛かったのは言うまでもない。
だが、ほとほと困り果てていたAさんの元に吉報が届いた。
曰く付きの工事でもやり遂げるといった業者が名乗りを挙げたのだ。
その業者はこれまでも同じ様な現場を幾つも片付けてきたと豪語し、役所もこれには頼ざる得なかった。
Aさんは流石に不安に思い、形だけでもお祓いか何かした方がいいのではと役所に相談を持ちかけたが、取り敢えず一旦その件は話し合ってみると言われその場を流された。

しかし、彼女の不安を他所に、工事は今までの遅れを取り戻すかの様に、見る間に進んで行った。
近隣に民家も無いため、工事は昼夜問わず行われたという。

そして数日後、工事は見事に完了した。
これには役所も自治体のメンバーも大喜びし、業者を労うため、町の公民館を貸し切って慰労会が開かれた。
宴の席でAさんがお酒を継いで回っている最中、親方に労いの言葉を掛けている時だった。

ふと気になってAさんが親方に尋ねた。

「工事の最中何か不審な事はありませんでしたか?」

業者が入れ代わり立ち代わりした現場である。
彼女もやはりそこが気に掛かっていた。

「ああ、そういやあったな」

継がれた酒を飲み干し親方が言った。

「あ、あったんですか?」

Aさんが食い気味に聞き返す。

「いやあ地中を掘ってたら真っ黒な墓石が何体も出てきてな、あれは流石に皆ビビってたな、なあ皆?」

親方の声に周りの作業員達がげらげらと笑い飛ばしながら頷いた。

「ありゃやばかったよ親方。でもまあ坊さん達が周りで一生懸命お経あげてくれてたしな、こっちは百人力よ!」

「だな!はっはっはっはっはっ!」

「お経ですか?」

Aさんが尋ねると、親方は大きく頷いて口を開いた。

「こうズラっと俺たちを囲むようにして拝んでくれてたよ、あれのお陰で多少の無理もできたってもんだ。ああ、墓はちゃんと寺に持ってて供養して貰ったから安心しな嬢ちゃん」

「は、はあ……」

翌日、書類の提出のため役所を訪れたAさんは、あの解体工事の担当者をみつけ声を掛けた。

「お陰様で工事も無事終わりました、本当にありがとうございます」

Aさんがそう言うと、担当者も微笑み返した。

「一時はどうなるかと思ったけどね、Aさんもこれで一安心だろ?」

「はい、お坊さんまで手配してもらい本当に」

そこまで言いかけると、担当者が僅かに首を傾げてきた。

「お坊さん?」

担当者が訝しげに聞いてきた。

「えっ……はい、現場にお坊さん達が来てお経を読んでくれたと聞きましたが……?」

「いやいや僕はそんなの手配なんかしてないよ、何かの間違いじゃない?」

「そ、そんな、業者の皆さんもはっきっりと言われましたし……」

Aさんは嫌な予感がした。

後日、島で農業を営んでいる男性から役場に通報があったという。
長年放置されていた廃寺の敷地内に、黒い石の塊が大量に不法投棄されていると……。

以上が友人のAさんが体験した話だ。
私がその件に関し、その業者はどうなったのかと彼女に尋ねると、Aさんは苦虫を噛んだような顔でこう答えた。

「それが島から居なくなっちゃったのよ、夜逃げ同然で……支払いや書類のサインもまだあるのに、何処に行っちゃったのかしらね……」


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