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旅行写真はデジカメで親が子を撮るべきだった事例

家族での一番素敵な思い出はなんですか?
それはそれぞれ違う歴史を持つ家ごとに違うものであり、また、同じ歴史を持つ家族内でも各々違う記憶であるものでしょう。
ただし、我が家はきっとイギリス旅行と全員が答えると思います。
その頃の我が家は家族全員が仲良しでした、から。

さて、なぜこのような事を言い出したのかは、私が寂しいからです。
五月に顔を見たきりの息子と連絡がつかず、もう二ヶ月。
そこで私は家族三人で巡ったイギリス旅行のことを思い出し、そのアルバムを今開いて眺めているという状態なのです。

あれは息子が中学二年生となる時の春休みでした。
舞台照明家である夫はイギリスに一年の研修予定で単身赴任しており、私と息子が半年ぶりの夫に会いに行く、というものでした。

ロンドン塔には入れず遠くから写真だけ。事前に自分の生首を持って回廊を走り回る女の幽霊や処刑された幼い王子二人の幽霊がいるなんてお化け嫌いの息子と夫に言わねば良かったと後悔です。

せっかくの海外という事なのに、私はデジカメを旅行鞄に入れず、フィルム式簡易カメラ数個を持って渡英しました。

「何のために?え?デジカメあるでしょう?」

再会した夫は私の選択に意味が分からないという顔です。
そこで、私は胸を張って疑問顔の夫に答えました。

「頭に記憶するため。フィルム写真だとちゃんと写っているか確認できないでしょう?隅々まで自分の目で見て楽しんだ方がいいじゃない?」

「一度しか撮れない写真だよ。その撮影が失敗していたと日本で気が付く方が悲しくないかな?」

確かにデジカメ写真はすぐに確認できるし、最高の一枚の為にバシャバシャ何枚も取れる。
だけど、そのために、自分の目でしっかりとあらゆるものを見ようとしなくなるのではないのか?
三人一緒の時間を記憶に残すことを一番にして、写真を撮ることに拘らない環境にした方が良いのでは?
その時の私はそんな風に思い、考えてしまったのです。
夫とは半年ぶりでしたし。

キューガーデン(19世紀の温室も現存する巨大植物園)での夫と息子の和気藹々な一瞬。温室内の為に湿気でぼやけて変な映り方ですが、これこそフィルム写真の醍醐味だと私は思うのです。

そして現在、アルバムを見返しながら、どうしてデジカメで腐るほど写真を撮ってデータにしておかなかったのか、そればかりです。

息子に自分の好きなものを撮れとカメラ当番なんかにさせたせいで、本気で好きなものしか撮って来なかった息子ちくしょう、な結果だったのです。
そういえば。

当時の息子の大好きなもの。
それは鳥さんでした。

イギリスは愛鳥国家であり、野鳥さんいらっしゃいな世界です。
ロンドン塔で大鴉を六羽飼っていて、その理由がロンドン塔から大鴉が消えるとイギリスに不幸が起こるから、そんな素敵な国なんです。
夫が当時住んでいたのはシェークスピア劇場がある場所で、そこはアボンエイボン、つまり、エイボン川のほとりです。

シジュウカラガン。あどけない顔して息子をカツアゲしてくれた方です。

川のほとりならば水鳥天国。
日本で見慣れている白鳥や鴨さんなどの水鳥が、中世風の町の中を当たり前のようにフラフラ散歩してらっしゃるのです。
そんな異世界を歩く無防備な日本人少年は、日本では見た事なかった顔が黒いガチョウさんに取り囲まれることがしばしばでした。

おら、俺達にパンを寄こせ、があ。
バシン!!
無いならそこいらでなんか買って来い、があ!
バシコン!!

くちばしでバシバシ腕や背中を叩かれる息子。
それなのに、キャバクラで鼻の下を伸ばす親父のような幸福な表情をするばかりで、何をされてもなすがままという状態でございました。

そこで私は気が付くべきだったのです。
あんにゃろが鳥の写真しか撮っていなかった、という事に!!

ロンドン近郊にあるQガーデンという植物園は、小動物も放し飼いにされている場所なので、そこで孔雀やらホロホロ鳥にフィルムを使うのは仕方が無いだろうと想定してましたが、まさか、ここにおいても?です。

その黒い顔のガチョウさんはどこにでもいるんじゃないの?
シェークスピアが埋葬されていた教会とか撮っときましょうよ!
春先なのにクリスマスみたいな雰囲気の町の写真とか、そんなのはあなたの目には入らなかったのですか?

しかし、日本に帰って来て、あのどこにでもいるような顔をしたカツアゲ軍団が、実は絶滅危惧種だったことを知り、親ばかでしかない私はさすが息子と思ったものでした。

が、
今の私は息子が映っている写真こそ観たい、それです。

どうしてデジカメを持って行って息子を隠し撮りしなかったのだろうかと、今の私は自分を責めるばかりです。

そう。
せっかく家族三人の一番仲が良かった時代の旅行であるというのに、そのイギリス旅行のアルバムに貼られた半分以上が、息子が撮った鳥の写真ばかりなのです。

オオバンさん。こいつだけは人間の傍によってこようとはしなかったそうです。

「シっ母さん動かないで」

Qガーデンで息子が私の腕を押さえました。
夫は私達から離れた場所で、園内で放たれているリスに夢中になってます。
そして息子は緊張感に満ちた顔でカメラを構えだしました。

「気配を消してね」
「はい?」

息子は木立の向こう側を指さしました。
そこには真っ黒な水鳥が、自分の足を地面にバシバシ叩きつけています。

「あいつはすぐに逃げるんだ。今ならシャッターチャンスだから動かないで。あいつを撮らなきゃ」

「そうか。がんばれよ」

頑張っているのかなあと、私はアルバムを閉じました。
結局どの写真を見ても、息子の思い出は蘇りますね。
そして恐ろしいことに、息子が映っていないからこそ、美化された姿の息子で記憶が再生されるという。
だから息子に会いたい気持ちが再燃焼とは!!

旅行には、デジカメです。
ありのままの家族の姿を沢山写真に残すべきだと思います。
そうして小煩い母親の暴走を止める手段を取っておくべきです。

当時メールで夫が送ってくれた写真の中の一枚 カメラ当番を旦那にすればよかった