面談
今、求職活動を行っている。日々、履歴書を書き、企業に送付し続けているが、結果はいまいちだ。返事をくれる会社もあれば寄越さないところもある。うまく面接に漕ぎ着け、背広に腕を通していざ出向いてみると、そんな予定はないと突き返されてしまう。スマホの画面を見せて、この日に面接の予定を組んでくれたことを伝えてみるが、門前払いだ。採用担当の連絡先に電話をかけてみて、返ってきた言葉は「あれは間違いでした。すいません」だ。
対応してくれた社員の人たちは困った表情をし、深々と頭を下げてくれた。「今後はこういったことのないようにします」と。
僕は言いたいことがいっぱいあった。あんたたちにとっては今後で済むが、こっちにとっては今必要なんだ、生活していくために俺は仕事を探している、どんな雑用でもやる、だからせめて面接だけでも受けさせてくれ、と。
しかし、そんなことを僕は言わない。言ったところで徒労になるからだ。ネットに口コミを書き込んで、炎上させても現状が変わることはない。会社がネット上に謝罪文を掲載し、ネット民たちはそれで満足する。当事者の現状は置きっぱなしになり、物事はどんどん進んでいく。そして時間が経てば、忘れ去られていく。そのとき僕がどうなっているのかは自分でも分からないが。
どこの業界も人材不足だった。どこも人手を欲していた。しかし僕は全く必要とされていない。仕事をしていないと、社会にとって自分が不必要な人間だと烙印を押されているような気がしてしまう。求人活動を続けていてもそれはハムスターのゲージの中にある回し車のなかをぐるぐると走りまわっているだけだ。
ぐるぐる、とあてもなく走りまわり続け、そして僕は求職活動を止めてしまった。
アパートのポストに手紙が入っていた。大家からだ。中身は見なくても分かっている。僕は手紙をズボンの奥に突っ込み、部屋に戻った。台所に置いてある椅子に座り、換気扇を回して煙草を吸った。ゆり椅子をしてどうしたものか、と考えた。煙草の先から煙がもくもくとあがり、換気扇に吸い込まれていった。それに比べて頭の中は違った。全くなにも浮かんでこない。灰がコンロに落ちていく。壁にかけてある時計の針は右に回り続け、時間が過ぎ去っていく。椅子を前後に揺らし、頭の中で惰眠を貪る脳みそを起こそうと試みる。バック・トゥ・ザ・フューチャーに出てくるいじめっ子ビフがマーティの頭を叩いていたのを思い出す。
「コンコンコン、お休みですか? コンコンコン、起きてください」
あんなことをされたら誰でも腹が立つ。実際マーティは苦々しい顔をし、ビフを睨んでいた。僕だってそうだ。「コンコンコン、まだ働いていないんですか? コンコンコン、家賃が貯まっていますよ、払ってください」と大家がノックしてきたら睨んでしまう。家賃を払いたくてもこっちには仕事がない。仕事がなければ金もない。大家は困るだろうが、僕も困っている。お互いにいい解決案とはさっさと仕事を見つけて金を稼ぐ。それに尽きた。
煙草の吸い殻を灰皿に捨て、僕はパソコンを立ち上げた。止めていた求職活動を再開せざるなかった。
検索サイトのバーに求職活動と打ち込んでみた。画面が切り替わり、多くの結果が表示された。昨今の流行りはエージェントを使い、未公開求人で年収アップが当たり前だった。さ年ぶりに求職活動を行ってみたが、僕は世の中からかなり遅れていることに気づいた。毎日工場とアパートの往復を続けていれば確かにそうなる。工場で話すことは女、博打、酒がベースだった。最近はアニメが加わったが、経済や政治などの社会情勢の話題を一度も耳にしたことはない。閉ざされた工場の中で日夜ボルトを締め付け、中身のない話をした。自己成長というものは存在せず、酒とジャンクフードで腹を満たし、惰眠を貪る日々だけを過ごした結果が今だった。
まるで浦島太郎だった。世の中はどんどん進歩していくのに、僕は取り残されている。玉手箱でもあればいいが、あれはただ歳を取らせるだけだ。突き出た腹を摩り、握った。贅肉の塊は三年間の不摂生と努力の成果であり、決して誇れるものではない。
とにかく、僕はエージェントに申し込んだ。経歴を記入し、予定日をいくつか指定した。追加欄には求職活動中で、いつでも大丈夫だと打ち込んだ。
すぐに返事が届いた。明日の昼から面談をすることになった。
翌日、午後一時、僕はパソコンの前に座り、Zoomを立ち上げた。エージェントが用意してくれたルームに入った。接続がうまくゆかず、画面には相手のエージェントが所属する会社の名前が枠の真ん中に表示されている。木宮豊と名前もあった。僕はきつくしめたネクタイに少し緩め、深呼吸をした。
「あ、どうも、木宮です。甲田さんですか」
僕は画面の男に向けて頷き、頭を下げた。そしてビジネスマナー的な挨拶をした。
「そんな、畏まらなくいいっすよ。面談はあくまでカジュアルな感じでいきたいんで」
「そうですか」
「そうっすよ」
木宮の口調は軽かった。彼はウェーブのかかった髪をかき、
「じゃあ、早速面談をしますか」
と言い、紙を手に取った。
「甲田さんは、半年前に仕事をやめたんすよね。今まで何してたんすか」
「求職活動をしていました。ハローワークに通ったり、ネット求人に応募したりしていました」
「へえー」
木宮は顎ひげを触り、ポメラニアンみたいな垂れ目を細くし、手に持っている紙を見ていた。
「それで、結果はどうでしたか?」
「何社かは面接まで漕ぎ着けましたが、結果は散々でした」
僕は少し嘘をもってみた。ハローワークで催されていた面接教室の講師が自信を持てと言っていたからだ。講師が言うには自信のない求職者は即座に落とされるのだそうだ。
「いいところもありました。でも、給与や福利厚生の面で求人票と違っていたので、そのことを訊いてみたんですが……」
「あー、そういうのは面接官の印象が悪くなるっすよ」
「やっぱり、そうなんですか」
「そうっすよ。当たり前じゃないっすか」
当たり前という木宮の言葉が引っかかった。求人活動における知識は三年前のままで埃が被っていた。それを取り払うように僕はハローワークのワークショップに参加した。そして講師に教わったとおりにやっただけだった。
「ちなみに、それって正社員枠ですか?」
僕は頷いた。木宮はより目を細め、ウェーブのかかった髪をかいた。
「甲田さんの経歴書を拝見してるんすけど、今までのご職業って全て非正規じゃないすか。これじゃ正社員なんて無理っすよ」
「資格以外にもなにか必要なんですか?」
「資格じゃなく責任感す。非正規の人って、そこまで責任を求められないっすけど、やっぱり正社員は求められますよ。だって、会社は高い給料を払うんすから」
「じゃあ、僕は今後正社員枠は無理だということですか」
「無理とまでは言わないっすけど……」木宮は眉間に皺を寄せていた。サーファーみたいに波の様子を伺うように手にしている紙を見つめている。「かなりの割合で難しいっすね」
なんと答えていいか分からず、ため息をついた。
「ちなみにそれって製造関係っすか」
「ええ。食品製造関係の求人です」
「ふーん、そうっすか」と彼は紙に目をしたまま答えた。「今後もそっち方面で仕事を探すことを希望してるんすか」
「はい」
「そうっすか。わかりました」
木宮が紙を手から離した。まっすぐと向き合い、転居は可能か、と尋ねてきた。
「うちで取り扱っている仕事ってほとんどIT関係なんすよ。甲田さんに紹介できそうな仕事って言ったら製造や建築、それから交通誘導とかっすかね」
彼が口にしたのはいわゆるガテン系だった。とくに人手不足が叫ばれている業種で、どれも一度は経験済みの仕事ばかりだ。
「うちを利用するお客さんってキャリアチェンジを望む人がほとんどなんすけど、その人たちは事前に資格を習得したり、実績を作られている方が多いんす。でも甲田さんは……」
彼が言わんとしていることは分かった。僕は普通免許以外の資格などはない。それもペーパードライバーで、車の運転も怪しかった。
木宮は腕を組み、眉間に皺を寄せ、唸り続けていた。
「木宮さん」
「はい、なんすか」
「ようするに僕は再就職するのは極めて難しいってことですよね」
「うーん」木宮は唸り続けた。そして腕組みを解き、顎髭を触りながら、「そうっすね」と絞り出すように答えた。
分かりきっていたことだった。僕自身、世の中から取り残されていると自覚している。ただそれをどこかで認めたくない自分もいた。しかし、第三者からはっきり伝えられると、何も言い返すことができず、視線を下に向けるしかできなかった。
僕は画面を目に入れることができず、俯いたままキーボードを見た。指先の油でてかっている。どれだけキーボードを叩いたのだろうか。家賃の支払いという切迫した問題を解決するためにキーを叩き続けていたが、再就職に成功した人々よりかは短いのだろう。
その後僕たちは面談を続けたが、お通夜みたいに沈鬱な状況が続いた。画面の向こうではサーフボードとアロハシャツが似合いそうな木宮がうなり、僕は肩を落としたままでいた。このアパートを追い出された後、どこでどうやって生活すればいいのか考えた。地元に戻り、親に頭を下げて住まわせてもらうか、それともまた寮付きの工場で働くか。
後者が現実的だった。光熱費無料の物件に住みながら生活を立て直していくことが堅実な選択だ。だが、僕はもう若くない。中年の域に両足を突っ込み、来年あたりには腰まで浸かってしまう。
「あの、甲田さん、ちょっといいですか?」
僕は顔を上げた。木宮は腕を組み、ときどき左手首に目をやった。
「そろそろ面談終了の時間なんす」
「そうですか。すいません」僕は頭を下げた。「時間を取らしてしまって」
「構わないっすよ、これが仕事なんで」と言って、彼も頭を下げた。ウェーブの髪が前に垂れ、顔を上げるとき髪をかきあげた。
「まあ、あんまり力になれなくてすいません。それで、まあ、うちで紹介できる仕事があったら甲田さんに知らせるので」
「そうですか」と言い、僕は木宮に礼を告げた。
面談が終わり、パソコン画面が黒くなった。うっすらと僕の顔が映っている。髭が伸びていた。触ってみるとざらついてる。肌もてかり、思い返すとここ二、三日風呂に入っていなかった。
僕は服を脱ぎ捨て風呂場に向かった。熱いシャワーを頭から浴びた。洗髪剤に手を伸ばさず、じっとしていた。まるで案山子みたいだった。頭を洗う気力も髭を剃る気も沸かない。シャワーは排水口へ流れていき、湯気がたった。手を伸ばせばシャンプーの容器を取れる。カミソリと石鹸にも手を取ることができる。
僕は手を伸ばした。