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情報社会で、1言語しか使えないと人生損する
今回の記事は、すこし政治的な内容を含むので、
もしかしたら不快に感じる人もいるかもしれない。
今回言いたいことは、タイトルにもあるように
今の情報化社会のなかで、1言語だけ使って生きていたら人生損する
ということ。
実はこのことはずっと思ってきたことですが
誰かを攻撃するような風にも思われると思って、躊躇していたのだが
今回書いてみることにした。
今の世の中は、情報化社会である。
スマホを開けば、インスタ、X、youtubeなどから
とめどなく情報が流れてくる。
そこで、ひとつとても重要だなと思うことが
そのSNSのアプリの設定言語だったり、検索するときの言語など
情報を得るときに使う言語によって
得られる情報が全然違うということ。
これを最近強く感じたのは、youtubeにてチェチェン共和国について検索したとき
ボクシングを始めてから、世界中のボクサーについて調べており
その中で、20戦20勝19K.Oという驚異的、破壊的記録をもっている
アルツール・ベテルビエフという選手がチェチェン共和国にルーツをもっているということを知り
気になって調べてみた。
チェチェン共和国というのは、ロシア連邦を構成する国家の一つで
コーカサス山脈の北側にある。
まずは英語で「chechenya republic」と検索した。
すると、上位にでてくる動画の内容は
チェチェンに実際に行ってみた
チェチェンの人々にインタビューしてみた(どの国が好き?)
チェチェンの人々にインタビューしてみた(どの国が嫌い?)
グロズヌイ(首都)の実際の生活
といった内容のもの
では続いて日本語で「チェチェン共和国」と検索してみる
すると、検索上位にでてくる内容は
[子供含む4人死亡]ガソリンスタンドで大規模爆発
プーチンがカディロフに宣戦布告!?チェチェンNo.2がロシアで拘束されロシア権力闘争が新たな局面へ突入。
ノーベル平和賞のロシアメディア女性記者 チェチェン共和国で襲撃(2023年7月5日)
チェチェン首長「小型核を使え」 ロ軍の要衝撤退に怒る(2022年10月2日)
どうだろう。
内容に大きく差がないだろうか。
同じ「チェチェン共和国=chechenya republic」というものを検索しているのに
英語で検索したときは
実際に行ってみたyoutuberのVlog的な動画だったのに対し
日本語で検索したときは
マスコミのyoutubeチャンネルがメインで、「チェチェン共和国=危険」といった内容の動画がメインだった。
このことから言えるのは
検索する言語によって、得られる情報が全然異なるということ。
そして、それが自分の「チェチェン共和国=こういうもの」
といった自分の観念に大きく影響してくるということ。
英語で検索したときは
チェチェン共和国の日常といったリアルな映像の情報が上位にでてきて
中立的な立場から、チェチェン共和国に対して意見を持てる。
しかし日本語で検索したときは
一部の「やばいイメージがつきそうな」映像の情報だったり、
大分偏った政治的な見方をした情報が上位にでてきて
チェチェン共和国=やばい国、行ってはいけない場所といったイメージが先行してしまい
偏った意見を持ってしまう。
つまり、
前者は「チェチェン共和国はいい所もあるし、よくない所もあるな」
後者は「チェチェンはやばい国、行ってはいけない」
といった観念が作られる可能性が高いということ。
そして
後者のような観念が自分に作られてしまうと
チェチェン出身の人々への無根拠な差別をしてしまったり
自分が、チェチェン共和国の素晴らしいところを発見する機会を失う。
もしかしかしたら、ものすごいおいしい食べ物があるかもしれないし
ものすごく素晴らしい自然があるかもしれないのに
その観念だけで、それらを発見する可能性をぶっ潰してしまう。
これって、めちゃめちゃ人生損してるっていうか
とてももったいないと思う。
こんな感じで、1言語だけで情報を取っていくと
めちゃめちゃ偏った情報しか手に入らない。
特に、日本語みたいに世界的にマイナーな言語は、よりその傾向が強いんじゃないかな。
いろいろな意見を持っていても、日本語が分からない人が世界には多いから
一部分の情報しか発信されない。
ただ、その情報によって自分の選択肢が増えることも減ることもある。
こういう観点からでも、
世界的にメジャーな英語、スペイン語とかを勉強する意義は
大いにあると思った。