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笑う君へ 第七話 「遭逢」
クシュン
マ:部屋、寒いか~?
○:いや、そんなことないです
マ:じゃあそろそろ飛鳥来るから座って待ってて
○:はい
ガチャ
飛:すみません、遅れました
マ:おっけー、じゃあ始めようか
「齋藤飛鳥 卒業写真集 撮影計画会議」
マ:今日は基本確認だけだからすぐ終わります
今月末からGWにかけて第一弾のニューヨークです。
今後は...
〜〜〜〜〜
マ:特に他、報告内容はないか?
じゃあ今日は終わり
大野と飛鳥は少し残って
飛&○:はい
数十人の大人が席を立つ
○:飛鳥さん、遠藤さんに僕のこと話しましたね?
飛:うん、写真は見せてないよ、多分笑
風貌とかは話したけど笑
○:はあ、特に問題ないと思うんでいいですけど
飛:今日会ったの?
○:あったも何も同じ班でさっきまで別の部屋で課題やってましたよ
飛:面白そう、いつか授業覗きに行こうかな
奈:大学で授業参観?笑
○:絶対に自重してくださいね
仕事上の知り合いとしか周りに言わないんで
奈:5年も連絡しない君にそんなこと言う権利はあるのかなぁ
○:なおさら知り合いじゃないでしょ、その関係は
飛:ふふ、けど、写真は期待してるよ、ニューヨークでね
奈:懐かしいなあ
=====
2016年秋ニューヨーク
私、橋本奈々未は取り残した写真を撮りにニューヨークへ降り立つ
そして、奇しくも、数か月前空港で倒れた少年に会うチャンスを得た
あの日、彼のスピーチ内容は誰にも知らされていなかった
裏では彼の無実の証拠はある程度上がっており
スピーチなくとも潔白は証明された
しかし、少年は自分を犠牲にし、いじめという社会問題まで鎮静化させた
その姿を同じ空港の待機室で見ていた
本来、会見後は私が彼に花束を渡し、勝者の凱旋を祝う予定だったのだ
何かの歯車が少し異なれば本当にダイヤとして輝き続けた少年
目の前で崩れ落ちた少年は私の心に小さくない影響を与えた
その後今日まで彼に会うタイミングはなかった
病院も面会謝絶が続き、退院後すぐにアメリカに飛んだ
今日、会えると言っても私の都合もありわずか5分
スタッフさんに無理を言って作ってもらった時間
なんでこんなに入れ込むのか、尋ねられてもわからないが
私が引退しても何か手助けはできると思うから
病院へ向かう揺れる車の中で思う
間もなく止まる車と慌ただしく確認の手筈を取るスタッフの皆さん
申し訳ないと思いながら、急いでという声に押され773号室へ
混みあったロビーで時間を取られる
少なくない縁を感じながら扉をノックする
奈:すみません
○:どうぞ…
部屋に入るとあの日より少しはっきりとした輪郭の少年
それでも、こちらを見る目に力はなく、警戒の色が浮かんでいる
奈:はじめまして、橋本奈々未です
急にきてごめんなさい、でも一度会っておきたくて
○:はい、あの、どちら様ですか?
ここにいることは発表していないんですけど
淡々と語る目の前の少年は本当に中学生だろうか...
そんな思いは「もう行かないと」という声にかき消される
奈:えっとこれ、お見舞いのフルーツ
それから、私の電話番号
いつか思い出したら連絡して、捨てないでね
マ:もう行かないと
奈:私、応援してるから
急にきてごめんなさい
マネージャーさんに手を引かれ話もそこそこに廊下を走る
ようやく会えた達成感より強いうまく伝えられなかっただろうという懸念とともに
〜〜〜〜〜
2017年4月
私が乃木坂と芸能界から卒業して少し経った頃
彼は普通の高校に通っているらしい
直前までいたらしいアメリカで私のことなど耳にも入らなかっただろう
名前は覚えてくれているだろうか、電話番号はまだ残っているだろうか
正直、このタイミングで連絡がなければもう無理だろうと思っていた
新たな環境に慣れなければいけない自分は徐々に彼のことを思い出さなくなっていた
〜〜〜〜〜
2021年9月
コロナも落ち着きを見せ始め、オリンピックが終わったころ、飛鳥からご飯に誘われた
なんとなく、呼び出しの理由は見当がつき、その通りだった
飛:あと1年ぐらいかな
ああ、もうそんな時期なのかと思いながら、話が尽きなかった
飛:仕事はまだテレワークなの?
奈:出社することもあるよ、週2日とかだけど
飛鳥はまだコロナの影響強そうだよね
飛:ライブも声出しもう一回ぐらい経験しないとね~
でも、撮影でコラボとかそういうのはあるよ
明日ちょうどそう
奈:へ~、何で?
飛:メンズノンノ
インスタで話題の人らしくて、雑誌内でも彼のコーナーは人気らしいよ
奈:ずばり飛鳥の評価はどうなの?
外見、それとも、実力?
飛:実力だと思うよ、顔出ししてないし、写真も自分で撮ってるらしいもん
コーディネートもおしゃれだしね
奈:結構べた褒めじゃん、すごいんじゃないの、それじゃあ
なんて人?
飛:チャコール、って名前だったよ
本名はなんだっけな、大野?さんとかだったと思う
奈:へ~、大野さんか~
大野っていえば昔のバスケの選手覚えてる?
私の卒業前にちょっと話題になった、大野○○
飛:待って、大野○○…
明日会う人もその名前だったと思うよ...
奈:え.....
それ、ほんとなの...
飛:な、何、何かあったの昔
奈:いや、悪いことは何もないよ
その、一回彼に会いに行ってるんだ、アメリカまで
飛:え、ちょっと待って、全然理解が追い付かない
奈:えっとね、卒業前...
私は飛鳥に当時の話をする
飛:…そうだったんだ...
じゃあ、明日聞いてみるよ
奈:いいの?
飛:うん、興味あるし
奈:いい子に育ったな~
飛:そんなにいうと聞いてあげないぞ
奈:飛鳥ちゃ~ん