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笑う君へ 第二話 「追憶」 〜前編〜

私たちは20分で車に逆戻りすることが決定した

夕方の撮影まで事務所の会議室を使ってよいことになった

さくちゃんが彼のことを知っていたのには驚いたけど

田:そんなに悪い人じゃなさそうでよかった


〜〜〜〜〜

車に向かう道中、さくちゃんはテンション上がって大野くんと話しっぱなし

あんなにハイテンションなのは珍しい

私の隣には眉毛が八の字になっているかっきー

田:かっきー、さっきから何を考えてるの?

賀:別に~?

  まゆたん、大野君のこと知ってた?

田:え、知らなかったけど、そんなに有名?

賀:う~ん、有名というかなんというか...

  ネットで検索すると出てくるんだよね...
(私はまゆたんに何か話したほうがいいのかな...)


それは6年前の春、私が中学校3年生に上がるころ...


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2016年3月春休み

学校で軽いいじめを受ける私にとって、春休みは気楽な期間

部活はもうやめている

受験の年だけどそんな気にもなれない

アニメを見たり絵を描いたり音楽を聴いたり

そんな時、1つの動画を発見

それは、U-15のバスケ日本代表の動画

部活はやめても、バスケは好きで時折試合を見に行っていた私

ハイライトに映る選手の中にひと際目立つ少年

スタメンではないものの、チーム最高の評価を得るのも納得のプレー

突出した身長があるわけでもなく、顔もイケメンってほどでもない

それでも、シュートを沈め、体を張るディフェンスに、

笑顔でチームを鼓舞する姿に見とれる

健闘むなしく準優勝、それでも8月の世界大会には出場できるらしく...

インタビューの映像で彼の名前が

大野○○

小学校でいじめられ、それをバネに中学になってからバスケを始め、

練習してきたらしい

そんな彼を自分に重ね、一目惚れ

〜〜〜〜〜

4月になり学校が再開

夏休みまでの時間は長く、つらい日々だけど、多少の嫌なことは我慢

高校に行って新たな環境で頑張ろうと決めたから、彼の存在があったから

〜〜〜〜〜

夏休み

私の地元で中学バスケの関東大会が開催中

彼の情報は時々確認しており、彼の中学が関東大会に出場することは知っていて

そこで彼に会おうと心に決めた

ミーハーなファンみたいだけど

〜〜〜〜〜

大会初日

私は少なくないショックを受けた

だって、そこにいた彼は私の会いたかった姿ではなかったから

大野、という名前をもじってメディアがつけた、

日本のダイヤ

というキャッチフレーズ

彼以上に似合う人がいるとは思えない

ただバスケが上手なだけでなく、リーダーとしても、

応援する姿ですらも、全てが完璧で、海外メディアからも称賛され、

インタビューには英語で答えられるほどの頭脳ですらも兼ね備えていたから

ただ、その日、そこにいたのは抜け殻になってしまったような少年

苦しそうにバスケを続け、声を出すことも笑顔を見せることもない

周りの人はクールだとそれでも盛り上がっていたけど、

初日の2試合の彼の姿はあまりに痛々しく

その日、家に帰ってから私は眠れなかった

それどころか涙が止まらなかった


〜〜〜〜〜

次の日の朝

鏡の前で泣きはらした目をした私

「サイアク」

思わずそう口にしながら、それでも会場に足を向ける

何かの間違いであってほしいとクモの糸ほどもない願望を胸に

熱気のあふれる会場につき、入り口で聞こえたのは彼について話す声

今の私はそのどれも聞きたくないことばかり

昨日の記憶と共に溢れだしそうな涙を隠すため足早にその場を離れ、

誰もいない倉庫に駆け込む

なんで、何が、どうして

昨日から消えない疑問が嗚咽となってまた涙する

体は泣き疲れているのか、

それとも、支えを失った心がもう泣くことすら諦めたのか

5分も経てば涙は枯れていた

あと30分で試合が始まる

(もう帰ろうか)


もう一度あの姿を見れば立ち直れないと感じた心の防衛本能が提案する

その時、誰かが倉庫に入ってきた

暗い室内で逆光では顔が見えるはずもなく、隅から伺う

ユニフォーム姿になり、準備体操とウォームアップをしている最中

ちらりと見えた横顔

見間違えるはずもない、間違いなく彼だった

叫びそうになるのを必死にこらえるが、

反射で動いた体が壁にぶつかり鈍い音をたてる

○:…誰かいますか


警戒している声で問いかけてくる

どうしようもなくその場から身を出す


賀:すみません、盗み見ようと思っていたわけじゃないんですが...

○:いえ、大丈夫ですが、あなたこそ大丈夫ですか?

  何か辛いこととか...僕でよければ何か聞きましょうか?

賀:え..


彼の優しい言葉に、三度こみ上げてくる涙

彼は隣に私を座らせ、泣き止むまで優しく頭を撫でてくれた


○:落ち着きましたか?

賀:うん...ごめんなさい

  あ、私、賀喜遥香です

○:賀喜さん?珍しい苗字だね

  僕は大野○○です

賀:知ってます!春のU-15の試合からファンになりました。大好きです!



勢いあまって何を言ってしまったんだろう

思わず目を伏せてしまった

同時に聞こえてくる立ち上がる音と荒くなる呼吸音

何事かと目を向けるとそこには怯えたような目をしてこちらを見る彼

賀:わ、わたs

○:ちょっと待って!



強い声で静止させられる

崩れ落ちるように座りこみ、顔を両手で覆い、うなだれる彼


○:ごめん、ちょっとだけ動かないで、ごめん


何故か涙交じりの声が聞こえる

数秒後、彼は壁に寄りかかるようにふらふらと立ち上がる


○:ごめん、びっくりしたよね

  自分はもう行くから

賀:待ってください


そういって思わず彼の腕を引っ張る

○:っっっ


無言で腕を払いのけられる


賀:きゃっ


思わぬ力で転んでしまう


○:あっ


こちらを見ながら狼狽した姿を見せる彼



○:ご、ごめん、そんなつもりじゃなくて...

  ごめん、ごめん...



そういって私の前でしゃがみ、泣き始めてしまった

何がなんだか分からないまま、目の前で激変した憧れの人

賀:だ、大丈夫ですか


尋ねながらそっと彼を抱きしめる

一瞬、びくっと彼の体は反応したが、今度は払いのけられることはなかった

強い彼の姿はそこにはなくて、むしろ、涙は少し強くなっていた


賀:何か聞きましょうか?


先ほど彼がかけてくれた言葉を返す

彼がしてくれたように頭をなでる

涙が溶かした彼の秘密が嗚咽交じりに聞こえてくる

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