大人になったなぁ、と思うとき
南伊豆は、甘夏がよく採れる。黄色い見た目のわりには甘く、食べやすい。
名前だけ知っていた可愛い名前のミカンを、ここでは日常的に食べている。
そういうわけで、道の駅で購入した甘夏のジャムをパンにつけて食べるのが私のマイブーム。
パンをフライパンで焼いて程よく焦げたそれに、たっぷり、たっぷりの甘夏ジャムをのせる。塗るのではない、のせるのだ。これでもか、というほどに。
この瞬間に、私は大人になったなぁ、と思うのである。
お酒を飲んだときや一人ボッチで生活を送っているときではなく。
ジャムをふんだんにつかうと小さい頃はよく、母に怒られたものだ。
私たちがジャムを取りすぎては、あっというまに瓶が空っぽになってしまうからだ。
だから、密かに夢だった。スプーンでジャムをすくって、そのまま食べてみたいなぁ、とか、こぼれそうなくらいパンにのせたいなぁ、とか。
そもそも、子供なんてものは、ジャムが食べたい生き物である。パンのほうがおまけだ。
その夢を、いとも簡単に叶えられてしまう。大人だからだ。
誰の目も気にせず、ジャムをすくう。すくったスプーンを舐めても、誰も「マナーが悪い」とは怒らない。
そんなとき、私は心のなかでそっと、幼き私に声をかける。
夢、叶えたよ!よかったね、と。
けれど、あのとき想像していたよりも幸福感が小さいのは、なぜだろう。