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ドイツの保育園の遠足を、保育士がぼやく

今日は秋晴れ。保育園の遠足の日だった。

朝の通勤時、私の自転車が「ガシャリ」と音を立てた。ペダルのカバーが真っ二つに割れた。ネジでぶら下がっている状態だ。

ひび割れたまま放っておいた自分を悔いている時間はない。今日は遠足なのだ。私のせいで出発できません、何てなったら最悪だ。
とりあえず割れた後ろの部分をチェーンに触れないように立て、割れた前の部分がカチカチとチェーンに当たったままではあるが、そのままで走ることができたので、騙し騙しギリギリ遅刻しない速度で走った。

もう数人の子供たちが外のフェンスの前で待っていた。
保育園の入り口のドアでは、ピリピリマックスの同僚が、泣きわめく男の子の説得を試みていた。実はその男の子は私が間違えて行く子供のリストに名前を書いてしまい、親が行くんだろうと思ってしまった子だった。すまん。

「この子は行きたくないって言ってたの。こんなに泣いてる子は連れていけないし。親にはお金を返せばいいだけよ」

と、私は同僚をつらつらと説得し、その男の子を保育園の中へ連れて行った。いつもは意見を言うとき、しどろもどろになってしまう私なのに、罪悪感のお陰だ。何て堂々と意見したもんだろう。

わちゃわちゃしながら子供が揃い、やっと出発となったところに、自転車で子供を連れてきた母親が驚いた様子で私たちに聞いた

「今日遠足なんですか?全然そんな話聞いていなかったんですが。うちの子は行かないんですか?」

確かに、その子と仲のいい女の子が二人とも遠足のメンバーに入っていて、その子は入っていなかった。ピリピリマックスの同僚は「掲示板に全部書いてました。見ておいてください」と言う、とてもドイツ的な説明をした。つまり、あなたの責任で、私の責任ではない。あなたがそれをしなかったことは、私とは関係ない。と言うような言い方である。

しかし同僚は母親の顔がマジで怒っていることを流石に悟ったらしい。「今度からメールで連絡するようにします」と折れた。私達は嫌な予感を後ろに残したまま出発した。あー、これは後で絶対なんか言われるわ。

そもそもの原因は只今ピリピリマックスの同僚があまりにも敏腕で、一人で行く子供を取りまとめて一人で決めてしまったためだった。
しかしそうでもしないと話がまとまらなかったので、彼女が悪い、と言うわけでもない。まあ、今は出発するしかないのだ。

二人で手を繋いでまっすぐ歩くことが小さい子供には難しい。隣の子供に話したいことがあれば歩くことが疎かになり、少し高くなっているところがあれば、その上を歩きたくなる。いつの間にか列から外れて斜めに歩く。ただ歩くだけでものすごく時間がかかる。

そして駅に着くと、もう電車が止まっており、プラットホームは高校生の集団でごった返していた。反対側の線路が工事中のため、時間調整をしているようだった。
一緒にいた同僚が切符を買う列に並んだ。彼女は保育士免許を取るために職業訓練をしている、数ヶ月前に新しく入ってきた人だ。

彼女が切符を買うのを待っている私、ピリピリマックスの同僚、子供達。
電車が出るまであと4分、3分、2分。
ピリピリマックスの同僚は私に、「彼女もう切符買ってる?」と聞く。「次の番だよ」と言う私。「ねえ、もう買ってる?」ともう一度聞く同僚。「えー、今暗証番号押しててる」と言う私。正直私も心の中で、切符事前に買っておけよ、とちょっと思った。私たちはすでに予定より遅れている。ピリピリマックスの同僚は間に合うと判断したのだろう、子供達に電車に乗るように言った。切符を買った同僚も乗ってきて、少し電車に揺られる。

私は保育園から木製のキャリーワゴンを持って行くことにした。あまり走りが良くないが、帰りに歩けない小さい子が出るに違いないと思ったのだ。
ピリピリマックスの同僚はワゴンを持っていくつもりではなかったらしく、一人で登山に行くようなでかいリュックを背負って、荷物を全部背負っていた。文字通り、どうして全部一人で背負おうとするのか、この人は。

私は電車の中で、ピリピリマックスの同僚に背負っている荷物をワゴンに載せるように言った。彼女は「そうしたらワゴンが重くなっちゃうわよ」と言いつつ、そのでっかいリュックサックを下ろした。後で持ってみたら、すんごく重たかった。彼女の顔のピリピリが少し和らいだ。

私たちの目的地は、駅から少し歩いたところにある「アドベンチャー公園」と言う場所であった。さて、あなたはどんな場所を想像するだろう。
そこは住宅地に向かい合った野っ原で、豚や鶏やポニーや山羊や羊が飼われている。そして砂場と足漕ぎ4輪車と滑り台とブランコなんかがある。
アドベンチャーの響きに含まれるハラハラドキドキからは遠い、非常にのんびりした場所である。

子供達は遊び周り、動物達に餌をやり、羊や山羊を触り、昼ごはんを食べた。昼ごはんは透明のビニール袋に入った丸いパンとバナナとりんごとチョコスティックとソーセージであった。全くもって足りない。まあドイツの弁当なんてこんなもんだ。弁当ですらないか。

文句を言っているのは私だけで、子供達は食べたり食べなかったりで、また遊ぶのに忙しかった。天気がよく、それが本当にラッキーだった。冷たい雨も風もなかった。

帰り道を歩けない子供を一人と山盛りのリュックサックをワゴンに乗せ、ごろごろ引きながら子供達の列について行った。駅のエレベーターがちゃんと動いていたことに本当に感謝した。ドイツの駅のエレベーターが止まっていることは珍しくないのだ。

今時の子供は歩かない子が多い。車移動が多いので、すぐへばる。ワゴンに乗った一番小さい子を羨ましがり、ブーブー文句を言っていた。皆どうにか頑張って歩いて帰ってくることができてホッとした。

ピリピリマックスの同僚の顔は朗らかになった。

思った通り、私たちに苦情を言った母親はそれを保育園に残っていた同僚に伝えており、やり切った感でホッとしている私達とは違い、お留守番をしていた同僚の顔は一言言いたい顔だった。

今はそんなことはどうでもいい。仕事は終わった。
カチカチ音を立てながらタラタラと自転車を走らせ、秋空を眺めながら家に帰った。

みんなを満足させられるのは、いい天気ぐらいだ。





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