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ヨルダンからの忘れられない言葉

そういえば、めっきり見てないな。と思ったのが昨日であった。
で、今日久しぶりに目撃した。
これも第6感かしら。

自転車で右折した前方に男性のジーンズのお尻が見えた。
一瞬「倒れているのか!?」と思うが、寝そべっているわけではない。
手で体を支えている。

横を通り過ぎる瞬間、男性は頭を上げ、手を払った。
地面にはティッシュが三角形を描くように三つ置いてあった。
頭が当たる部分と、手が当たる部分だ。
男性の濃い顔にはヒゲが生えていた。

彼が何をしていたか、お分かりだろうか。

そう、お祈りをしていたのだ。

久しぶりに見た。

道端で見たのは、もう何年も前だ。タクシーの運転手であろう男性が、車の影でお祈りをしていたので、一瞬引かれて倒れているのかと思った。

私がイスラム教のお祈りを始めて見たのは、大学生の時だった。
同級生にヨルダンから来た男の子がいたのだ。

私が仲良くしていたポーランド人の女の子が、その彼、ムハンマドと付き合い始め、家に遊びに行ったことがあった。質素なアパートに、同郷の友達と一緒に住んでいた。

途中でいなくなったので、どした?と思ったら、ポーランド人の友達が、お祈りするのよ、と私に囁いた。チラッと隣を覗いてみたら、小さな絨毯の上に立って、ぶつぶつ呟いていた。そしてひざまずき、床に頭をつけた。

見てはいけなかったかしら

イスラム教の人をテレビで見たことしかなかったから、ドギマギした。

ところで、このムハンマドの第一印象は、あまり気持ちがいいものではなかった。入学当時、彼はヨルダンから出てきたばかりで、まだまだがっつりお国の文化を背負っていた。

私も彼もドイツ語がへたくそで、なかなか会話を成立させるのが難しかったが、私が日本から来たという話の流れで、宗教の話になった。私は神道と仏教が主に信じられていると説明した。すると彼は唐突に、

「ブッダは神じゃない」

と言った。私はキョトンとしてしまった。

この人は何を言っているのかしら?

彼は不敵な笑みを口元に浮かべ、「さぁ、来るなら来い!」というような挑戦的な目をしていた。その反面、少しびびっているような印象もあった。

一方の私はハテナマークしか頭に浮かんでおらず、大変間抜けな声で

「はあ」

と返事をした。

いやいや、そもそもブッダは神じゃないし。歴史上の人物だし。

そんなツッコミをしても、多分、仕方がない。この人の話の焦点は、きっとそこじゃないんだろう。自分の神が1番だと言いたいんだろう。

ムハンマドの評判はあまり良くなかった。
後々聞いたところによると、入学当時、ムハンマドは何人かの同級生の女の子の家まで、跡をついていったというのだ。

「ついてくるなって言ってもついてきて、ほんと頭にきた」

とブロンドボブの同級生が怒っていた。

ヨルダンからドイツに来て、彼は女性を求めていたらしい。
イスラムの世界では、女性が結婚するまで大事に守られている言う話は聞いたことがある。それはつまり男性も、迂闊に女性と交流ができないということらしい。彼はドイツで、男性としての性を開花さかせようとしていたのだ。

でもまぁ結局ポーランド人の彼女ができたんだから努力は実ったんだろう。

この好奇心旺盛なポーランド人の友達は、ムハンマドに連れられ、ヨルダンまで旅行に行った。そして、そこでは生きていけないと悟って帰ってきた。日中は死ぬほど暑くて外に出れないし、何が原因が分からないが、身体中に湿疹ができてしまった。体が拒否反応を示したらしい。

カチカチ頭のムハンマドだったが、学生生活を通じ、ドイツという異文化で揉まれ、少し柔らかくなった印象を受けた。

その後、彼はドイツで博士課程まで出て国に帰り、結婚し、いい職に就いたそうだ。

努力を実らせる男。あっぱれ!


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