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久しぶりに会っても 「私はあなたの友達よ」

アンニュイって言葉はもう死語ですかね。

神秘的な風景を眺めている気持ち。
もしくはブルンブルンすごく柔らかいゆで卵みたいな気持ち。
力を入れすぎたらぶちゅっと黄身が出そうで、ちょっとヌメっとしてるけど栄養の塊で、美味しいそれを、その気持ちを、うまいこと書けるかなあ、と思う。

久しぶりに同級生に会った。

「ねえ、卒業してもう20年ぐらい経とうとしてるわよ、信じられる?」

信じられない。そんな長い時間の間、私は何をしていたんだろう。

「体感としては10年とか、そんな感じよね」

私は深く同意した。

私とマリアは同級生ではあったが、彼女は私より15歳ほど年上だ。ベルリンの大学で右も左もわからなかった私を、持ち前の明るさで、いつも照らしてくた。面倒見が良く、明るく、よく喋る、今も昔も優しい人だ。

現在の彼女の拠点はロンドンだが、ベルリンにも家があって、1年に1度か2度、こちらに来る時は、声をかけてくれる。

「元気だった?」と聞いた後、マリアは「あなたキレイよ。また会えてよかったわ」と言った。

そのお言葉、そのままいただきます。

マリアはジョージア出身だ。現在60代の彼女だが、地毛の明るいブロンドにぱっちりした青い目、イタズラっぽい唇、スリムな体。女性の魅力に溢れている。

その昔、若い頃の写真が載った証明写真を見せてもらったことがあったが、信じられないぐらいの美女っぷりで、今でも私の目に焼き付いている。

お互いの近況を話しながら、私は自分の脳みそを掘っくり返していた。たまに会う彼女だからこそ、普段近くにいる人には言わないことも言えるのだ。どんなに取り留めのない話でも、彼女は拾ってくれる。そして私があまり話に集中してなかったとしても、あまり話さなくても、彼女はずっと喋ってくれるので、とても助かる。

「ロンドンに住んでいる人って、多分ほとんどロンドン以外の所から来た人じゃないかしら。とってもマルチカルチャー。いい所よ」

「へえ。ベルリンよりロンドンに住む方が気に入ってる?」

「100%そうよ。ほんと素敵な所だから、子供を預けられるなら、ちょっと遊びに来たらいいわ」

ロンドンは色んなカルチャーがミックスされていて、お金を持っている人が住んでいて高いけど、とても素敵な所。
ふむ。ちょっと覗いてみたくなった。何十年も行ってないや。

「私、子供が大きくなったら、日本に帰りたいんだ」

「ほんとに!?」

彼女は目を丸くした。

それから思案顔になって、彼女の息子の話をしてくれた。
なんでもマリアとご主人がベルリンに住んでいた頃、息子さんがイギリスの大学に進学し、その間あまり顔を見なかったんだとか。様子が全くわからず、聞いても生返事であまり帰ってこず。後でわかったのだが、ちゃんと大学に通っていなかったとか。

「大学生になったら、はいさよならで日本に行ったきりは良くないわ」

と人生の先輩は教えてくれた。まだまだ目を光らしておかなくちゃ、ということらしい。はい、覚えておきます。

理想としては、お金の心配なく日本とドイツを行ったり来たりできたらいいなと思うのだけど。

子供の話になったついでに、最近嫌だなっと思ったことを言ってみた。

「長男のトラ雄がね、保育士なんて子供に靴を履かせるだけの仕事だろって言ったのよ」

彼女の顔が名探偵のような「むむっ」という顔になった。

「あなた、自分のことちゃんと説明しなきゃダメよ。保育士の免許を取るのがどれだけ大変だったかとか、どんな仕事をしているかとか。そして今までどんなふうに生きてきたかも。今、一人で二人の面倒を見ている、あなた偉いんだから。ちゃんと聞かせてあげた方がいいわ」

うわあ。
自分のことを、生き方を、肯定的に人に、子供達に伝える。

大きな宿題もらってしまった。

それはとても大事なことだと思う。
それを何を思わずともサラリと語る人もいるだろう。
子供の父親、別れたパートナーが口が達者で、まさしくそういうタイプだ。

私は損をしているだろうか。
私は責任を果たしていないだろうか。

逃げ出したいような気になるけど、これって多分すごく大事なことだ。
肯定的に自分の生きてきた道を語ることは、嘘をついていることじゃない。

「ねえ、新しい友達とかいる?」

と彼女は聞いた

「いないね。同僚は優しいけど、友達ってわけじゃないし」

「私もよ。ベルリンには必ず会う友達がいるけど、ロンドンにはいないわ。知り合いはいっぱいいるけどね。歳を取ると、友達ってなかなかできないわよね」

私は深く同意した

「あなたは私の友達よ」

と彼女は言った。

もはや友達の定義などどうでもいい。
それをそうと決めてしまえば、それでいいだけなのだ。

「ありがとう」

と私は微笑んだ。


16時。子供を迎えに行く時間になった。彼女は私が席に座った瞬間に宣言した通り、お茶代をおごってくれた。いつまでも私は甘えさせてもらっている。

本当に遊びにきていいからねと言いながら、彼女は電車に乗って、私たちは別れた。

私はあれから、いくらか成長したんだろうか。
全く変わっていないような気もする。

自分を人に伝える。

私の頭はぐるぐる回っているが、気持ちは落ち着いていた。
秋の日は暖かく、向こうからかけてくる子供達が見える。

笑顔だ。


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