幸田文「流れる」
最近の時代小説などの派手な物語展開に慣れていると地味に感じてしまうけれど
展開の派手さよりも人間の中に重きを置いた小説だった
親子、姉妹、血が繋がっているゆえに割り切れない人間同士のもつれを描くのが上手い
芸者の精一杯生きているたくましさ
悲しさが、ありありと表されているのは
作家が見て経験したからだろう
お金の苦労で嫌な性格になっている人間が
物語いっぱいに表現されているけれど
それでも読み手に憎めないものが生まれる
梨花を例にすると
冷静な目線での線引きは非常に冷たい女
けれど、夫と子どもを亡くし、以前は女中を使い暮らしていた女が、今では自ら女中となり食べるのが精一杯の暮らしで穴蔵に潜った気持ちで芸者街で働き1人で生きていれば
このぐらい冷ややかにもなるかと思う
他の登場人物も、読み進むうち
背景が明らかになってくると
性格が悪かろうが、お金お金でも、娘を怪しげな茶屋に働かせる母も
それでも生きていかねばならない人間というものに諦めのような仕方ない気持ちにさせられてしまった
梨花の主人への惹かれ方は
ファン心理のように感じる。
物語の最後
梨花に美しい人を長くみとりたい
別れにくいとまで言わせているのは何か
初対面の印象を梨花は
「牡丹とか朴だとかいう大きな花が花弁を閉じたり開いたりするような表情だとおもって感嘆して見た」とある
一目惚れだろうと思う。
主人が美しく崩れるのを見た時に
「跡味のようなものがいつまでも残っていた」漢字を変えてまで‥
梨花の心に爪跡が残った
主人の美しさ、パフォーマンス力を合わせ持つタレント性に心を奪われ、生活面での頼りなさも、世話心をくすぐる魅力となる
『推し』だろう‥
だとすれば‥
別れがたいだろう『推し』と一緒に暮らし
お世話もできる最前列にいるのだから
でも
梨花も主人も思いがけない方向に流れて行くしかない‥まさに
タイトル「流れる」通り
作品中一番良いと思った描写が
私の本の感想の芯だと感じた
梨花が雪の中、車の手配をして熱を出すきっかけの雪の描写。
「雪は目の届くあたりから押し出されて黒く降りてくるが、 (中略)ごみ箱の高さあたりでくるっとひっくりかえると、白くなって降りる」
正反対のものが実は背中合わせになっている
しろうととくろうとの世界
成功も凋落も背中合わせ
幸も不幸も背中合わせ
くるっとひっくりかえったら
どうなるかわからない
芸者の置屋を借りて表されているのは
この世の理だった。
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