互酬とVRChat〜インターネット社会関係とギフト贈与論〜


各記事共通部

本記事を含めたこのアカウントの記事の目的は、記事を通じたコミュニケーション機会の創出である。なにぶん知識も情報収集能力も乏しい身であるため、記事の感想や「こんな論文が参考になるかも」みたいな意見をどんどん送って欲しい。(送付先は私の「「Twitter」」アカウント@fukagawaVRまで)

序論

 私がVRChatをはじめたてで、それ用の「「Twitter」」アカウントを作った頃驚いた文化が一つある。それは「欲しいものリスト(干し芋)」文化である。VRChatterとして活動しているアカウントでは、Amazonの欲しいものリストやboothのスキリストを公開していることが多い。常に掲示している人もいれば、誕生日など何か記念日にあたって期間限定で公開している人もいる。
 なぜこのようなリストを掲示するのかというと、ひとえに「ギフト」を贈り合うためであるようだ。このような文化に触れたことがない人のために軽く説明しておくと、AmazonなどのECサイトでは自分の好きな商品をあらかじめ自分の設定したリストの中に入れておくことができ、それをリスト作成者がリストのリンクを公開することで他者はそのリストの中から商品を買い、リストを作った本人に贈ることができるというものである。
 本論の目的は、このような「欲しいものリスト」文化がなぜVRChatterに根付いているのか、その効用と背景に着目して仮説を論じておくことにある。

贈与経済と欲しいものリストの歴史的背景

人類と贈与文化

 人類は、古来より世界各地で「贈与」による社会システムを構築してきた。これは文化人類学における主要なテーマの一つで、最も有名な研究のひとつがマルセル・モースの「贈与論」である。
 「贈与論」では、古くからの贈与文化が残っていたポリネシア・メラネシア・極北アメリカなどの地域の文化を例に、贈与文化がどのように社会システムを構築してきたかを示している。そこからさらに発展して、資本主義システムが相対的に高度に発達した現代のヨーロッパ社会においてもその文化の名残があることを指摘している。
 贈与文化は世界各地で見られ、日本も例外ではない。例えば日本には「お歳暮」や「お中元」などの文化があり、親戚や仕事上の関係、更には「ご近所さん」関係にある人に対して相互に贈り物をする文化が今でも残っている。
 またモースは、共同体間、個人間での互酬(全体的給付のシステム:ポトラッチ)がお互いの敵対関係および従属関係を回避し対等の関係を構築するために行われてきたと指摘している。
 日本における贈与文化においても、あらかじめ近所に住む人々と挨拶を交わしたり関わりのある人と相互に贈与をしておくことで互助の根拠を作ってきた。

デジタルギフト文化への移行

 インターネットの発達によって、このような格式ばった贈与の文化はもはや過去のものになろうとしている。インターネット、特にSNSは物理的距離の離れた「気の合う」個人同士をつなげて社会関係を構築するようになり、もはや人々は物理的距離や血縁関係に縛られた社会関係に頼ることをしなくなってきている。
 まだこのようなインターネットネイティブ世代は社会のマジョリティを形成していないため、「お中元」などの文化は残り続けているが、これから先どんどん実施する人は減っていくだろう。
 だからといって贈与文化そのものが無くなったわけではない。現代においては、インターネットを通じて物理的距離の離れた個人同士で贈与をする文化が生まれようとしている。
 Amazonの「ほしいものリスト」機能はその最たる例である。SNSでの関係を中心に、「ほしいものリスト」を公開してギフトを贈り合う文化がここ10年くらいの間で観測されている。
 このような現代の贈与は、「お中元」などのようにフォーマルで高価なものではなく、カジュアルで安価に済むものに以降してきているということは辻元(2013)によって指摘されていることである。
 なぜ若年層はカジュアルなギフトを選好するのだろうか?矢野研究所が2019年に行った調査によれば、若年層になるほど、贈りたいタイミングで贈り物をしたいという意識が強く、お中元・お歳暮に替わるさりげない贈り物をする傾向が見られた。
 まとめると、現在の若年層は、時期・対象や品物があらかじめ決定されているフォーマルな贈り物よりも、好きな時期に・好きな相手に・好きな品物カジュアルに贈り合う傾向にあると言えそうだ。

VRChatとギフト文化

ソーシャルVRとギフト

 若年層の間でこのような文化の移行が見られたことを確認したうえで、さらに範囲を狭めてソーシャルVRへと話題を移そう。
 ただし、私の観測した限りでは欲しいものリストを積極的に公開する傾向にあるのはVRChatterのみで他ソーシャルVRの民からはそのような傾向が見られなかったので、特にVRChatに限った話をする。(単純にVRChat以外のサンプル数が少なすぎて当てにならないので、詳しい方いたら教えてください)
 VRChatterがなぜ特に欲しいものリストを公開する傾向にあるのかについては、歴史的経緯からの考察とVRChatというものの特徴から考察の二つのアプローチが考えられる。
 ただし、私はVRChatに関しては相当に新参者であるため、歴史的経緯についてはあまりわからない。インターネット上の情報を探してみても、「VRChatterにそのような傾向がある」という言は散見されるものの、「どのような経緯でそうなったのか」という考察まで至っている記事はどこにも見つけられなかった。この部分に知見がある方は是非力を貸して欲しい。

VRChatの特徴から考えるギフト文化

 では、VRChatの特徴から考えを巡らせてみよう。まず共有しておきたいのは、VRChatはそれまでのSNS文化をかなり引き継いだ存在であるということである。VRChatは主にその機能的側面からSNSとの共通性が見られる。
 顕著なのは「ソーシャル機能」である。SNSではフォロー機能などにあたるのがこれで、VRChatではフレンドリクエストを送ってお互いのフレンドになることができたり、任意のタイミングでブロックすることができたりする。SNSと同じように、そのソーシャルVRごとに作ったアカウントを基準として物理的距離に関係なく交流を深めることができたり、トラブルが起きれば関係を切ることもできるわけだ。
 また、VRChatでは「モノ」に対しての考え方が現実世界とはかなり違う。現実世界では自分が干渉できるものを所有し、自由に持ち出すことができたりするがVRChatではモノを「所有」するという感覚があまりない。というのも、ワールドにあるオブジェクトはそのワールドでしか使えないのに対して、Resoniteではインベントリの概念があってオブジェクトを「所有」し違うワールドに行っても持ち越せる。
 このような特徴から考えると、VRChatterが欲しいものリストを利用しがちなのはある程度推測できそうだ。
 何かを贈与したいとなった時、会って直接渡せるわけではないので相手の住所に送ったりデータ化されたモノをインターネットを通じて渡すことが必要になる。そこで既にSNSでは使われていた欲しいものリストを利用しようとなるのは自然なことに思える。

連鎖消費とデジタル贈与

VRChatと連鎖消費

 贈与がもたらす連鎖消費とVRChatが掛け合わさるとどのような効果がもたらされるかということにも言及しておきたい。
 贈与は、一方的なものというよりかは、相互なものとして理解されることも多い。ある時誕生日の際に贈り物を受け取ったなら、以前に自分に送った人が誕生日を迎えた際に今度は自分がその人に贈り物をしたりして連鎖的に絆を深めることにつながったりする。
 VRChatで言えば、「この人にこんなアバター、アセットを使って欲しい」という気持ちからboothのスキリストを通じて電子ギフトを贈りあったりすることがあるだろう。
 VRChatでは、自らがアバターやアセットの消費者でありながら同時にそれらのクリエイターであることも多い。だから他人から贈られたギフトからインスピレーションを得て生産につながることもあるし、自分が作った電子製品をギフトしたりすることもある。つまり、VRChatterによるギフト贈与は、連鎖消費と連鎖生産の二重構造によってVRChat界隈全体の活性化につながっている可能性がある。当人たちが明確に意識していなくとも、VRChatter全体としてギフト贈与が界隈全体を喚起するものとして功利的に採用されていった経緯があるのかもしれない。(これはあらゆる文化形成一般に見られる現象でもある。)

ギフト文化とSNS社会紐帯

 前述した通り、VRChatはSNSと似た側面を持っている。VRChatではSNSと同様に人間同士の関係は不安定である。というのも、一度交流が生まれようがブロックされると関係はほぼ切断されることに加えて、現実世界に見られるような関係自体の強制力はほとんど生じていない。会いたくないなら会わないことができるということは、いつ関係が無くなる、もしくは希薄になるかわからない不安を常に抱えているともとれる。
 そのような不安を解消し、それぞれのつながりをより強固にするシステムとして贈与は有効な手段になる。「贈与論」を始めとした文化人類学の多くの知見が示す通り、贈与は人間同士の関係をより強固にするものとして古来より使われてきた手段だから、それがVRChatでの関係でも使われることにも何の違和感もない。VRChatterたちは、ソーシャルVRが抱える関係不安を解決する手段としてほしいものリストによる贈与を採用していったのかもしれない。

終わりに

今後の展望

 この記事を通して、「なぜ特にVRChatでは欲しいものリストの文化が根付いているのか」ということについて考えてきた。
 理由としてSNSからの系譜やVRChatの特徴から考えてギフト贈与が優れたシステムとして採用されていった可能性を示唆してきた。
 ただし、これらはあくまで仮説であり、明確な検証を行なってきたわけではないためさらなる考察が待たれる。そもそも、VRChatに限らず、欲しいものリスト文化についての日本国内の先行研究は現状非常に少ないと言わざるを得ない。この記事の執筆にあたっても、情報収集にかなり苦労したためさらなる研究を待望している。

問題提起

 仮説検証以外にも提起される問題はある。例えば、贈与がもたらす返礼義務への心理的圧力がある。伝統的なフォーマルな贈与は、一方的な贈与というより返礼があることが前提となっていることが多い。欲しいものリストのようなカジュアルな贈与ではそこまで返礼への圧力はないように見受けられるが、この文化が長く続いて様々なケースが蓄積されるにつれてどのような変化をしていくのかは未知数だ。
 贈与は確かに社会関係をより強固にするメリットがあるが、同時にその効果がデメリットにもなりうるので、これからさらに文化を形成していくにあたって当事者たちがより問題を抱えない形で「楽しく」贈与していくにはどうしたら良いか考えていく必要があるだろう。

参考文献

マルセル・モース著 森山工訳,「贈与論 他二篇」,2014年,岩波書店
辻本法子「ギフト消費市場における消費者行動モデルを基礎とした非価格プロモーションの戦略」,2012年,大阪府立大学博士学位論文
「ギフト市場白書2019-2020年版」,矢野経済研究所,2019年

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