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眼鏡のある世界

長い雨がはじまった。
眼鏡には水滴がつく。




「なんでコンタクトにせぇへんの?」



眼鏡のレンズについた水滴を見て
彼女は言った。





「なんでやろ?」







特に理由もなかった。



コンタクトにアレルギーがあるわけでもない。
コンタクトをつけるのが怖いわけでもない。



なぜか眼鏡が好きだった。




「絶対コンタクトのほうがいいって。」


「別にええやん。」









口悪く返しているが、
別に彼女が嫌いなわけじゃない。
むしろ好きだ。



でもこの思いは伝えられない。



彼女は偶像になるから。
長い雨が終わると、
君は花を咲かせに行ってしまうから。








「咲かない花はない。」









そんなキャッチフレーズに
釘付けになったのは初めてだった。




決して偶像になるとは決まってない。
けれど、君は今すでに蕾が開きかけている。




もちろん目に見えてるわけじゃない。
だけど、そんな気がするんだ。


だって僕が神なら
君に僕を象ってもらいたいから。







「こっち見過ぎやねん。うさぎなんか?」

「俺は猫や。」

「意味が分からん。」






だからこそ、
この心地いい関係も嫌いじゃなかった。








長い雨も終わりが近づいていた。 
相変わらず眼鏡のレンズには水滴がつく。
もっとも、この水滴はマスクをしているせいだろうけど。






「ねぇ?いい加減こっち見てよ。」

「見てるで?」






そう返してみたけれど、顔なんて見れるはずなかった。



君の左手を見てしまったから。
君の薬指が光っていたから。






「私、〇〇と何年一緒だっけ?」


「2年ぐらい?」


「そうだよね。
 でもさ、〇〇のこと何にも分かんない。」



「それよりもさ、君の薬指、何?
 アイドルがそれしちゃダメでしょ。」


「〇〇は私のことを全く分かってないね。」



「君はアイドルなんだ。
 その指輪をプレゼントしたのは誰だ?」



「旦那だよ。
 っていうか、私オーディションとか受けないから。」




「君はアイドルなんd

「君、君、君、うるさいなぁ!
 オーディションなんて嘘だよ!気づけよ!」




嫌な汗が全身からでる。




「あんたは私のなんなの?!
 あんたのせいで、私は結婚したんだよ!」




「なんでやねん。」

「それ!その関西弁もやめて!気色悪い!」 








意味がわからない。僕は君と結ばれるはずなんだ。
運命なんだ。生まれた頃からきまってるんだ。
なぜなんだ。関西弁がおかしい?僕は元々関西人だ。








「あんたは関東から出たことない人間!
 あんたは私にへばりつく面倒な奴!
 あんたは、、、、運命の人でもない!」







そんなわけない。認めたくない。
あ、そっか。洗脳されてるんだ。
君の意志じゃないんだ。








「隣の席だっただけ!好きなアイドルが一緒なだけ!
 たまたま話が合っただけ!それだけなの!」








君の目から水滴が溢れる。
やっぱり君の本能は僕を求めてるんだね。








「あんたなんか嫌い!
 その無理した関西弁も、目が一向に合わないのも、
 色々思ってるくせに、何にも言ってこないとこも!」







目の前が見えない。
眼鏡を外しても、水滴が消えない。





「でもそんなことどうでもいいぐらい
 〇〇が好きだった、、、、、、。」

「だったらなんで?」










「あんたは一度だって私の名前を呼んでくれなかった!」


そう言って君は、僕の眼鏡を叩き壊した。









コンタクトにアレルギーがあるわけでもない。
コンタクトをつけるのが怖いわけでもない。



なぜか眼鏡が好きだった。


--違う。
レンズを一枚挟まないと、
失明してしまいそうだったから。





君が見えなくなるから。 








瑠奈が、見えなくなるから。








積乱雲がモクモクと山を登る。


汗が背中を下る。



君が手を繋いでいた男は眼鏡をかけていた。


頬に何か付く。



空は憎たらしい程に美しかった。





眼鏡のない世界は、汚かった。




END

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