華のOLは宝箱の中身を知らない
指に血が伝うのがわかる。
けどそんなの見てられない。
絆創膏を探して三千里。
家中にある棚という棚をワナワナと探していく。
Amazonから来たワクワクを玄関に置いたままにして。
昨日あれほど絆創膏を置く場所を決めたのに、
その場所を覚えてない本末転倒っぷり。
ーーーガンッ
「痛ったぁい!!」
そしてぶつける右足の小指。
その衝撃で頭に落ちてきた絆創膏。
やっぱり私には運がない。
人よりも赤信号に引っかかり、
行きたいお店は基本臨時休業。
お箸付きのお弁当にはお箸が入ってない。
とにかくすこぶる、運がない。
昔はそんなことなかったのになぁ。
指と右足に小指に絆創膏をつけ、そう思い返した。
ふと、焦げたレーズンパンの匂いがした。
やっぱり私には、運がない。
⊿
「んで?その指はどうしたの?」
「切った。」
「なにで?」
「ダンボールで。」
「うわぁ、痛そー。」
昼15時。
出先から戻った美月と休憩室で会った。
「相変わらず運がないよねぇ。」
「、、、うるさい。」
幼稚園の頃から付き合いの美月。
中高は別だったけど、それ以外は一緒。
「ちっちゃい頃はそこそこ運があったのにね。」
「そうだっけ?」
「ほら、学芸会的なやつとか、
第一希望しかやってなかったじゃん。」
「、、、まぁ確かに。」
そういう美月だって、第一希望ばっかりしてたけど。
そんな言葉をコーヒーと一緒に飲み込んだ。
「あ、そうだ。」
そう言いながらシュガースティックを二本、
いつもより多く入れた美月はきっと疲れてるんだろう。
「ダイエットしてるんじゃないの?」
「いいのいいの。今日ぐらいは。
糖分取らなきゃやってられないよ。」
「そっかぁ。」
「ってか。そんなことどうでもいいのよ。
誘えたのかい?○○君。」
「いや、、、誘ってない、、、。」
「何してんのさ?!」
「いや!あの!!なんか!!
雰囲気じゃなかったのよ!なんか違うなって!」
「いや。めちゃめちゃ雰囲気だったよ。」
手に持つコーヒーとは真逆の温度ではっきり言うもんだから、「違うもん、、、。」って弱い反撃しかできなかった。
いったい私の反撃スキルはどこにいったのか。
「ていうかね、史緒里。
あんたは持て余しすぎなのよ!自分のスペックを!」
「そんなことないでしょ。」
「まぁ元々運とかは良くないよ?
けどさ、まぁ色々できるじゃないの。」
「そんなことないっ、、、て、、、。」
私から見て左手側、大きい窓の横あたり
おおよそ170cm以上はある男の子が目に入る。
容姿を形容するならば、まるで言葉が思いつかない。
彼に出会ったのは、入社式。
私が慣れないヒールによって深手を
足に食らった時のことだった。
快く絆創膏を差し出してくれた彼は、
私の脳内では燦然として見えた。
もっとも、それは逆光のせいであったが。
兎にも角にも私と彼の出会いはそこだった。
それから数ヶ月、
私は幾度となく彼に救われた。
「不運なことが多いですね。」と笑う彼の優しさと
彼関連の情報量の少なさに、
私はなぜか不思議な魅力を覚えた。
そうなれば、あら不思議。
私は彼とのコミュニケーション方法を忘れてしまった。
それが恋だと気づいてからは、
ますます私の唇は、雪国に戻ったかのように
悴んで動かなくなってしまった。
「何、急に。」
「○○君がいる!」
「、、、話しかけなよ。」
「無理でしょ?!」
「なんで?」
「いやだから!雰囲気じゃない!!」
「アンタさぁ、、、!」
何事もないように通り過ぎようとする私と
にこやかに挨拶を返す美月。
一体どこでこのような差が生まれたのか。
これが共学と女子校との差だとでもいうのか。
そして計らずも想い人を無視をしている私に対し、
にこやか、そして華やかな笑顔で挨拶をする○○君は、
恐らく共学であるに違いない。
「お疲れ様!久保さん。山下さん。」
「うん、お疲れ様ぁ。」
「、、、っす。」
どちらが美月の返事であるのか。考える間もあるまい。
私のボキャブラリーはどこへ行ったのか。
今すぐに帰ってきておくれ。
⊿
夜8時。行きつけのバー。
今日も会議は始まる。
「、、、。」
「、、、。」
私をじっくりと見て枝豆を食べる美月と、
そんな視線を気にせず唐揚げとビールを流し込む私の姿は、
さながら物乞いする貧乏なヤクザのようだった。
「なぁんで声かけないのさ。」
「、、、。なんか、、、。」
「恥ずかしいんだな。」
「いや、そんなわけではない、ハズ。」
「じゃあ逆に聞くんだけども。」
「あんたの言う、
「雰囲気」ってのはなんなのさ。」
「そりゃ、そういう、なんか、
まぁ、そういう感じだよ。」
「答えになってないなぁ、、、!」
ジョッキをゴンッと机に置いた。
恐らくこれで周りからの印象は
「ヤクザ」で統一されただろう。
「要するに恥ずかしいんじゃあないか。」
「見たらわかる。話せてないもん。」
「それはもはや女子校とか関係ないよ?」
まるで指を詰められているようだ。
「ていうわけで。」
美月はカバンをこれでもかとかき混ぜ何かを探す。
薄く透けた銀のバックは、
覗くより、眺めた方が見つかるのではないだろうか。
そんな疑問は、目があまりにも開いた彼女には
問うてはいけないような気がした。
「これをやろう。」
そう言って取り出したのは、
埃がまだ落ち切っていない色の薄い宝箱ふたつ。
思わず机の真ん中にあった枝豆をこちらに寄せた。
「、、、懐かしい。」
「でしょ。
史緒里がまだ運が強かった時の必殺アイテム。」
「なんかそれが無くなってから、
運が悪くなった気がするよ。」
「それは絶対気のせいだね。
だって私別に運がよくなってないもん。」
ぐぅの音も出ない。とは実にこのことである。
私は代わりにビールを飲み干した。
「左に、今ここで書いた「ハズレ」の札を入れます。」
「右には、何も入れません。」
「じゃあ、空箱を引けば、、、。」
「史緒里は、○○君に話しかける。」
「えぇ、、、。」
「何さ。」
「せめて「あたり」とか「交渉権獲得」とか書いてよ。」
「はぁ、、、。わかってないなぁ。
宝箱っていうのは、何が入ってんの?」
「宝物、、、に決まってるじゃん。」
「そうだよ。」
「それとこれは関係ないじゃん。」
「わかってない。本当にわかってない。
これから入れるんだろ?
○○君との思い出っていう宝物を!」
いつもよりカッコいい美月に熱くなったのは、
きっと一気飲みしたビールのせいだ。
「、、、。」
「どうすんの?引くの?どっちなんだい?!」
「引く、、、。」
「なんて?」
「引きます!」
⊿
「オッケー。引いたね。」
長いシャッフル時間の末、自分の手持ちが決まった。
「ところで史緒里。」
「何?」
「ここであたりを引いても、
また雰囲気で逃げると思うからさ。」
「○○君、ここに呼んでるから。」
「うん。、、、はぁ?!」
「もうすぐ着くっていうLINEが五分前にきてるし。」
「え、ちょ?!」
「開けまーす!」
意気揚々に美月が引いた宝箱には
大きい字で「ハズレ」の文字。
「じゃあ!帰ります!!」
衝撃的なカミングアウトからのフェードアウト。
体感約10秒。そこから○○君がくるまで体感0秒。
私は親友兼幼馴染の愚行に怒りを覚えた。
そして悟った。彼女は悪魔であったと。
どの道私に逃げ場など存在しなかったのだと。
この日、最後の思考は恐らくこれで最後だ。
そこからどうやって、自室のベッドに辿り着いたのか。
それは神のみぞ知る物語であり、
絶対に開けてはならないパンドラの箱であることに
きっと間違いはない。
⊿
「うぃーっす、、、。」
「うん。入って入って。」
「あれ、史緒里のくせに部屋綺麗じy
ーーーガンッ
「痛い!!!」
ーーーガンッ
「痛っ!!!」
悪魔の足を引っ掛けたAmazonのダンボールが、
棚にあたり上からあの宝箱が降ってきた。
まさかこれが鈍器として降ってくるとは。
さすが悪魔。抜かりがない。
そして私の頭により解放された宝箱と共に、
「はずれ」
紙にある、とこどころについた油染み。
忘れもしない、あの時美月の文字。
「っふふ、、、。」
思わず息が漏れた。
やっぱり私は、とことんまでに運が悪いらしい。
「痛ったいなぁ。もっと部屋綺麗にしろよ。」
「うるさいなぁ。」
「んだよ。
それがデートプランを組む親友への態度か?」
「へいへい。すいません。」
この後、
私と○○君のデートはどうなったのか。
そして私の一世一代の告白は行われたのか。
ここで詳しく話すのはこの物語の筋に反する。
それに、
今の私は身の上話をして
ゆっくりできるほど暇じゃない。
まぁでも後生のために言っておくとするならば、
今あの宝箱にはおしゃぶりが入ってる。
終