アイヌの伝統工芸に”楽しさ”を吹き込む【木彫り職人 桐 常夫 氏】
今もなお受け継がれるアイヌの文化
阿寒湖温泉に残るアイヌコタン
北海道釧路市から車で約2時間北上。阿寒湖についた。
その土地は前から一度いってみたかった場所。その温泉街にはアイヌ文化を感じることのできる風景、文化、食、工芸。様々なものが今も力強く残っている場所。いわゆる阿寒湖アイヌコタンが存在している。
阿寒湖アイヌコタンは前田一歩園3代目園主・前田光子氏がアイヌの生活を守るために土地を提供したことが始まりとされている。アイヌコタンの街は、ポンチセ、木彫り彫刻、古代舞踊、アイヌ祭具、アイヌ生活品など様々な文化を感じることができる場所で当時のアイヌの人々の考え方などを深く感じることのできる場所だった。特にシアターでみた古代舞踊は自然とカムイの中で伝統と思想を代々受け継いできたアイヌ民族の在り方に感動さえ覚えた。
ここはアイヌ民族が集まり、狩猟が禁止されたアイヌ民族が何か定職につかなくてはならなくなったことから自分たちのできることを始めた。それが木彫り職人だそうで、木彫り職人が多くの作品を作り続け、今に続いている阿寒湖アイヌコタン。
木彫り職人 桐 常夫氏
ポンション人形館との出会い
阿寒湖アイヌコタンを出て温泉街を歩き、それぞれに工夫を施した伝統の木彫り工芸を店ごとにみていると一人の男性に出会った。
木彫り職人の桐 常夫氏である。
桐氏:【こうやって毎日毎日一日中作品を作り続けてっから。俺は。】
私:【毎日毎日、何種類の作品を掘り続けているんですか?】
桐氏:【きつね。もう、きつねしか掘らない、昔はクマや鹿とは色々掘ったっけど、今はきつね。42年くらいなっがな】
私:【毎日きつねだけ?そもそもこの仕事何年くらいやっているんですか】
桐氏:【もうだいたい46年くらいになっかな-この仕事。】
私:【46年!何故木彫り職人に?】
桐氏:【昔は彫刻家が俺の仕事。今もやってけど、昔は東京で彫刻家の仕事はたくさんあったかんな、あの頃は。バブルだったがんな。みんなでどんどん金だして、高いものばっが売れってた時代だった、彫刻家はもうかったんだ】
桐氏と会話をしながら店舗の作品を見ていると
確かに昔掘ったものなのか?
様々な動物の作品が並んでいた。私は工芸品にはまったく明るくはないが、どれも今にでも動きだしそうで、まるで命が吹き込まれているような印象を受ける作品の数々。
初めてみる私にも分かるSTORY。私もそのSTORYに参加したくなる気分になる。きつね以外の作品も本当に魅力を感じさせられた。
私:【東京の彫刻家がなぜここで木彫り職人を?】
桐氏:【バブルが終わって建築の仕事がまったくなくなっだ。もう誰も金かけて建物立てなくなってな。で、ここさ戻ってきた。】【おかしな時代だったが良い時代だった。もう来ねーな。日本にあんな時代は】【ここが実家だ。彫刻家だったがら…今はこれやってんだ、ここアイヌコタンも、はじめから此処にすんでる人間も減ったしな!】
私:【で、1日中きつねを作ってるんですね】
桐氏:【そう1日中だな】
桐氏は阿寒湖温泉の生まれ、アイヌ民族を継承した人、彫刻家から実家で木彫り職人へ。店内から桐氏がきつねを掘り続けている姿を見ていると。ここで46年間を費やし、木彫り職人にかける想いは僕らサラリーマンが背負うものとは全く違う何かを背負っているような…
深い何かを…そんな気さえしてしまう。
桐氏:【今は観光客だけではなく、香港とか中国とかの人達もたくさん買っていくがらな。】
【高いものさ買ってくれっがら助がってけどな】
私:【すごいですね。どうやって海外に?】
桐氏:【海外の人はこういうのすぎだかんな。仲介業者が買ってぐがら。そうなっと全部なぐなっがら 、毎日毎日つぐらなきゃなんねぐなんだ】
私【それで毎日毎日作ってるんですね。】
桐氏:【んだね。今は日本の人よりこういうのすぎかもしんねーな。】【やっぱお金もってる人が好きだな。こういうの】
観賞用だけではない楽しめる木彫りを
私:【他の動物はつくらない?他のお店のように】
桐氏:【それは周りの人が頑張ってっから、みんな工夫してっがんな】【俺はきつねで。お客さんも色々あっと分かんなぐなっがら。何買うか】
私:【きつねを作るときに大事にしていることは?】
桐氏:【いや。もう、うとうとしながらもつぐれっがら】【木だけだ】
私:【木?】
桐氏:【シナの木だ】【シナの木は粘りがあっがら、この粘りがあんのが、細い部分も耐えられんだな、他の木ではどうしても細かくなると割れっがら】
私:【なるほど。きつねは桐さんが考えた?】
桐氏:【ずっと昔だな。俺が考えた】【テコの原理だ。彫刻家のときの知識】【色々これ遊べんだぞ】
桐氏:【どんどん重ねてどごまでも高くできっど】【指にひっかけてクルクル回すと生きてるみたいに動いたりもできっし】
私:【本当だ。ペットみたい】
桐氏:【んだ。色々遊べんだ。】【やっぱ木彫りってみんな飾って終わんだけど、こうしで遊べんのはあんまないがんな。】
私:【確かに普通は観賞用】
桐氏:【それはどごでも作ってがんな。遊べだほうが、好きになってくれっがんな】
私:【それできつね?】
桐氏:【クマや鹿はこんな動きしねーがんな】【きつねがいいがな。北海道だし。木彫りはな】【遊べだほうが子供達も嬉しいがんな】
私:【つまり木彫りを日本の人にももっと好きになってほしくて?きつね?】
桐氏は少し微笑み、またきつねを作り続けた。
伝統を守りながら、観賞用ではない新しい楽しむ意味を作品に吹き込み、1日1日ときつねを作る。
桐氏の作るおねだりきつね。
それは木彫り細工ではなく、まるで人形のように。いや命を吹き込まれたペットのように。
日本の多くの家庭で可愛がられているに違いない。そしてきっとそれぞれの家庭でそれぞれのおねだりきつねのSTORYが生まれているのだ。
おねだりきつねを2匹購入させてもらって持ち帰ることにした。おねだりきつねのSTORYが我が家でもまた一つ生まれるはず。