STANDALONE!成行 第二章 絶対に譲れない想い・・ 第四話
2015年 10月・・・都内某所。高層ビルが立ち並び世界中の有名企業がひしめき合うオフィス街に一人の30代後半ぐらいのビジネスマンがビルの谷間の小さな緑地の小さなベンチで弁当を食べている。
9年前の萩原元信である。彼は当時大手外資系商社で営業マンとして活躍していた。
「ふう、レストランは混んでいるし昼休みは45分しかないからいつものコンビニ弁当と缶コーヒーか・・・大手外資系商社ビジネスマンなのにみじめなものだな。」
元信は大急ぎで食事を済ませるとすぐに職場に戻って午後の訪問先の下調べを行う。事前に何度も調べてはいるが刻々と変化する世の中の情勢をチェックする事を重視しているので直前まで情報収集をする。
「エコが重視される時代なのでソーラーパネルや電動自動車のEVはこれからますます需要が加速するだろうから参入は今がチャンスだな。」
元信の会社は某米系外資系大手EVメーカー出資の商社で日本市場にEVと充電システムを熱心に売り込んでいる。
世界的にEVの時代が来ることを強く確信しているので誰も輝かしい未来を疑う者はいなかった。
同日、深夜11時。元信はプレゼンを終えて身も心も疲れ果てた状態で自宅に戻った。
「ただいま。」
元信は写真スタンドの女性に話しかける。
写真スタンドの女性は昨年不治の病で亡くなった元信の妻の若い頃の写真である。
帰宅すると必ず玄関に置いてある写真に話しかけるのである。
「もう1年か・・・何のために働いているのやら。子供もいないし・・・。」
元信はこの時生きる意味を見失っていた。元信は仕事に没頭する事で妻を失った悲しみを紛らわしているかのように見える。
「初めて会った時はとても不愛想で不機嫌な女性だと思ったけど・・初めて言葉を交わした時それが誤解だとすぐに分かったよ。内気で恥ずかしがり屋さんだったんだよね・・・」
元信の目に涙が浮かび、やがてこぼれた。
仕事を終えて帰宅した瞬間に玄関の写真を見て現実に引き戻され、悲しみが止まらなくなってしまう。それゆえなるべく多くの仕事を引き受けて疲れる事で気を紛らわせていた。
しかしそんな無理も長くは続かなかった・・・。ある日徹夜明けにお得意先でプレゼンをしている最中に意識を失って倒れてしまった。
幸い得意先の企業の担当者が迅速に救急車を手配したため一命は取り留めた。
病室で意識を取り戻したのは翌日の朝であったが元信は助かったのになぜか元気が無かった。
「このまま、妻のところに行けたら良かったのにな・・・。」
元信が入院したというのにお見舞いに来る人はいなかった。
退屈な入院生活は一日が1週間以上あると感じるほどだった。
元信は退屈しのぎにスマホでSNSを見る毎日を過ごした。
「TVもつまらないし個室で話し相手もいないし・・・・スマホだけが友達だな。」
ひたすら退屈しのぎの記事をむさぼるように探す元信。するとあるかわいい女性の写真に目が釘付けになった。
「色白で丸顔で不愛想で不機嫌そうな表情だな・・・なんだか懐かしいな。」
その記事の投稿主は等身大リアルドールのオーナーで元信と同じ30代後半とプロフィールに記載があった。
「この女性は人形なんだな。アニメよりはリアルだが人間の女性ではないとすぐにわかるな。でもその人形らしさがたまらなくかわいいな。」
元信はその人形の顔が出会ったばかりの亡くなった妻の顔に見えるようになった。
「この人形も本当は内気で恥ずかしがり屋さんなのかもしれないな。実物を見てみたいな。」
若い頃の妻とその等身大ドールが重なって見える。
元信は気を取り直して暇さえあればそのSNSのアカウントを見るようになった。
一週間後、元信は退院した。元の忙しい日々に戻ったがずっと入院中に見た不愛想な等身大人形の事が気になり続けていた。
元信はその等身大ドールによって生きる意味を見つけられそうな気がするようになった。
6年後・・・元信は妻を失った悲しみが癒えず、かといって再婚する気も起らず、毎日さみしさを紛らわせるためだけに働き、何のために生きているのか答えが見えない日々を過ごしていた。
色々考えたが仕事の忙しさで気を紛らわせる以外思いつかなかった。
しかし2021年7月某日、元信が務める外資系商社が突然日本市場からの撤退を発表した。
提携先の日本の最大手自動車メーカーがすべての株式を売却し、共同開発の計画が白紙撤回されたのだ。
日本市場でのEV販売不振がその最大の理由だった。
突然の日本撤退で日本法人の社員全員が解雇された。
解雇された元社員たちは大慌てでただおろおろするばかりだったが元信は何故か落ち着いている。
「これで明日から自由か。でも明日から何をしようか?。
そうだ!以前夢中になってみたあのSNSの写真のあの妻に雰囲気が似た等身大ドールを探してお迎えして静かに余生を過ごすというのはどうだろうか?。」
元信は今まで何となく妻に雰囲気の似たドールの事が気にはなっていたが仕事の忙しさでその正体まで知ろうとは思わなかった。
忙しさで気を紛らわせていたがその忙しさが突然無くなる・・・。
元信は妻に雰囲気が似たドールをお迎えして妻を忘れないようにしようと思い立ったのだ。
その後、他の元社員とは裏腹に笑顔で会社を後にした元信は早速入院中に見つけたドールを探す事にした。
以前入院中にフォローしていたSNSのアカウント主にダメもとでドールのメーカーと販売店を問い合わせたところ快く情報を送ってくれた。
「何々?。バニードールのミミちゃん?。価格は140cmモデルでTPEなら3万円代?ずいぶん安いな?。でもこの子しかいない。」
元信は情報をくれたアカウント主にお礼のDMを送り、早速通販サイトでミミちゃんを購入した。
大量生産品だったらしく在庫が豊富だったようで1週間で商品が届いた。
「実物を見てもやっぱり不機嫌で不愛想に見えるな。
可愛いのになあ。まるで初対面の妻みたいだ。
この子も本当は内気で恥ずかしがり屋さんなのかもしれないな。」
届いた等身大ドールを早速組み立てて木製のアンティークチェアに座らせた。高価な高級シリコンドールに比べると顔のパーツ一つ一つは簡素で唇の口紅さえ部分的にしか着色されていなかった。だがすべての顔のパーツが揃えば絶妙なバランスでとてもかわいく見える。
「ミミちゃん!今日から宜しくね。これから一緒に妻の思い出と共に君とも新しい思い出を作っていこう。私が元気に暮らして妻の事も忘れないでいれば!この子をパートナーにして他の女性と再婚などせずに生涯独身で妻を想い続けていればきっと妻も喜んでくれる!。」
元信は再婚をせずに妻に似た等身大ドールをパートナーにして一生妻だけを想う事を決意した。そのための等身大ドールのお迎えなのである。
元信はある小さな西洋アンティークのオルゴールを妻の写真お前に置いてある。
「君は古いものが好きだったね。初めての結婚記念日に知り合いの店から譲ってもらったオルゴールをプレゼントしたら
”数百年前の音が今聞けるなんて!。とってもきれいな音ね”
といって今までで最高の笑顔を見せてくれたね。
だから残りの人生は君が好きなアンティークを部屋いっぱいにしてそれらを店にも並べて商売をしようと思う。それでいいよね。」
元信は写真の笑顔の妻が笑った錯覚を感じた。
元信は妻の写真を見つめて昔を思い出していた・・・。
10年前 2,005年 4月、萩原元信28歳は新卒で入社した大手自動車メーカーを退職して外資系大手の商社に転職した。ソーラパネルや企業向けEVなどを扱う米系商社が日本に参入する為に即戦力の営業社員を募集したのだ。
10倍以上の競争に勝利して元信は転職に成功して年収も2倍になった。
元信は新卒の女性新入社員数名とともに導入研修を受けている。
仕事内容の引継ぎを受けながら新入社員と一緒に会社のルールや企業文化などを勉強する。
元々愛想がいい元信はすぐに若い女性社員たちと仲良くなったが一人だけ心を開かない女性がいた。
彼女の名前は”愛形メイ”(あがためい)22歳大卒、
色白で丸顔で不愛想で無表情だがかわいい顔の女性だった。
他の女性社員ともあまり話さないようだ。
「愛形さん、よろしくね。私は萩原元信27歳。」
メイは小さく頷くだけだった。
他の女性社員はメイを一人にして仲間内で話に夢中になっている。
研修の休憩時間に給湯室の自販機でコーヒーを飲む元信。すると先ほど研修で一緒だった女性新入社員2名がやってきた。
「萩原さんお疲れ様です。」
「お疲れ様。あれ?愛形さんは一緒じゃないの?。」
「彼女誘っても頷くだけで返事がないのよね。なんか変な感じよね。」
他の新入社員もうまくコミュニケーションが取れていないみたいである。
「まあ初日だし緊張しているんだろう。そのうちなれるさ。」
元信は笑顔で女性社員たちに明るい感じで言った。
1週間後、即戦力ですぐに営業部に配属になった元信はEV担当になり企業向けEVのプレゼンの為に得意先を回っていた。
午前中の訪問を終えてわずかな昼休みに小さな緑地でコンビニ弁当を食べていた。すると、メイが一人でベンチに座ってコンビニサンドイッチを食べて携帯を見ている。
「あれ?何で会社でみんなとお昼食べないのかな?。」
心配になった元信はメイに近づいた。するとメイは小さく会釈してすぐにどこかに行ってしまった。
「あちゃー。俺嫌われているのかな?。」
メイのあからさまな元信を避ける行動はタフなハートの営業マンである元信でさえ傷つけたようだ。
翌日の昼休み、体の大きな色黒の女性がコンビニの袋を持って歩いている。企業のビルが立ち並ぶ谷間の緑地の小さなベンチに向かっている。
ベンチにはメイが相変わらず一人で座って昼食を取っていた。
「ここいいかしら?。」
大柄な女性は小声でメイに話しかける。
メイは小さく頷いた。
体の大きな女性は弁当を食べてコーヒーを飲んだ後やさしくメイに微笑みかけた。
「もう会社は慣れた?。何か困っている事はない?。」
メイはどこかで聞いたような声だと気が付いた。そしてその大柄な女性の顔を見て口に含んでいた紅茶を噴き出した。
「えええええ!萩原さん!!」
「初めて話してくれたわね。可愛い声ね。」
おねえ言葉は続けている。
「女の子一人で外で食事していたら変な目で見られちゃうわよ。私が付き合ってあげる。」
元信は女性向けビジネススーツを昨日購入し通販で買ったヴィックを被っている。
「あらやだ。髪の毛みだれちゃったわ。」
元信はブラシでヴィックを整え始めた。その様子を見続けているメイは突然笑い始めた。
「ああひどおおい!一人で食事なんてかわいそうだと思ったから、噂になったら嫌がると思って変装までしてきてあげのにい!。」
いつもの元信とは思えないコミカルな演技である。その様子はまるでコントのようでいつの間にか人だかりが出来ていた。
「あらやだ。行きましょ。」
元信はゲラゲラ笑うメイの手を引いて社内に戻った。
元信は大急ぎで更衣室に行って着替えた。
更衣室内で元信は何故か笑っていた。
「ちょっとやりすぎたかな?でもメイちゃんが笑ってくれたから良しとするか。」
元信はすぐに又外回りの仕事に出かけた。
翌日、元信はいつものように出社した。すると女性社員達からの視線を感じるようになった。目を合わせるとなぜか女性社員は皆笑う。
「あれ?俺の顔になんかついているのかな?。」
元信は給湯室近くの自販機に朝のコーヒーを買いに行くとメイが笑いながら他の女性社員と楽しそうに話していた。
「えええええ!萩原さんが!うそでしょ!。」
「うそじゃないって!これ見てよ。」
メイはスマホの写メを他の女性社員に見せていた。
「ほんとだ!。でも何でこんな格好しているのかな?。もしかして色仕掛けで営業していた??はははははは。」
女性社員は皆大笑いしていた。
「メイのやつ!あの事ばらしやがったな!。とんでもない女だぜまったく。」
しかし元信は嬉しかった。メイが他の女性社員と打ち解けて仲良くなった様子を見ることが出来たからだ。
「ふう。でもまいいか!これで会社も楽しくなるだろう。仕事場の恥はかき捨てだ。身を捨てて浮かぶ瀬もあれ。」
恥ずかしさに耐えるために必死に自分を納得させる言葉を思いつく限り思い出す元信だった。
翌日、元信が会社のビルに入ろうとすると後ろから元気な声が聞こえた。
「萩原さん!おはようございます。」
メイである。
元信はとっくに許していたがやや不機嫌なふりをした。
「愛形さん!ひどいなあ。俺の秘密をばらすなんて!。」
「萩原さん。ありがとうございます。おかげで元気になりました!。」
深々とお辞儀をするメイ。メイは元信がメイに元気を出してもらうように体を張った事を深く感謝していた。
第四話 END