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STANDALONE 成行!人形供養編   第三章 おはようダーリン💛 第二話

 2025年2月末頃、行広は古民家再生の仕事をしていた。古くなった藁ぶき屋根を交換する作業でその量は膨大であり2月といえど大汗をかくほどの重労働であった。

「ふう、これはきつい。一階建てのはずなのに藁ぶき屋根が家の8割を占めているように見える。」

茅葺き屋根とは、ススキやヨシ、藁(わら)などの材料を使用して葺く屋根の構造のことである。

茅葺き屋根の特徴は、耐久性が高く、水が建物内部に侵入しにくい構造になっており耐久性に優れた茅葺き屋根の耐用年数は30年以上と長く、なかでもヨシを使用した茅葺き屋根の耐用年数は40年以上と言われている。

棒状のススキやヨシは束ねると少しずつ隙間ができるが、この隙間によって導水効果が生まれ、茅葺き内部に水を侵入させないという優れた構造である。

年々職人が減少し、この製法の伝承が危ぶまれていたので行広の移住は地元の職人たちにとって嬉しい出来事であった。


「よう兄ちゃん。気合入ってるね。でも少し休んだ方がいいよ。」

職人たちは折角来てくれた若い職人見習いが疲労で病気になってしまったら元も子もないと心配し、休憩を勧めた。

「はい、今行きます。」

茣蓙を敷いて太陽の下で職人たちの妻が握ってくれた山菜入りの大きなおにぎりを食べる行広。頭を下げながら夢中になって直径12cmもあるおにぎりを10個も食べてしまった。「うッ。ひっく。」

喉につまったらしくしゃっくりが止まらない。
「あわてて食うからだよ。握り飯は逃げやしないぞ。」
職人たちは楽しそうに笑う。

しかし、行広は少し元気が無い様子だ。それに気が付いた60代前半ぐらいの職人が声をかける。

「にいちゃん、なんか悩みでもあるんかい?。この仕事は命がけだ、悩んでちゃあぶねえぜ。ははあ、女房と喧嘩でもしたか?。」

一瞬ドキッとする行広。喧嘩ではないが半分当たっている気がした。
「妻とは別れました。今気になっている女性(等身大ドールのハルミ)がいます。元カレと別れてずっと忘れられないみたいで・・・。」

藁ぶき屋根の材料が大量に置いてある庭で”藁にもすがる”気持ちで職人につい心の内を話してしまった。

「おお、その姉ちゃんを口説きてえのか?。若いなあ。俺も若い頃は今の母ちゃんを必死に口説いたもんだ。なかなか振り向いてくれなくてよ。俺面がまずくて太ってるだろ。根性要ったぜ。」

豪快に笑いながら話す職人。行広はこの人も何となく自分に似てると親近感を持った。「そうですよね。根性要るっすよね。」

行広は少しだけ笑顔を見せた。

午後5時。きつい上に危険な仕事なので残業は禁止である。そんな事情で古民家再生は時間がかかるので気長にやるしかない。

この仕事は明治初期の古民家を当時の技術で再生した後ホテルとして生まれ変わる予定である。

近隣の政治家や県知事、市長クラスの会合や接待の場所として使われる予定である。ホテルの名前も決まっており”生の音(いきのね)”という。

仕事を終えて帰宅した行広は早速風呂に入り、着替えてリビングに来た。

そこにYOUTUBEの動画を視聴するハルミの姿があった。
ハルミは行広が設定した日本の風景動画を見ている。

「ハルミ、今日は留守番ありがとね。動画楽しんでくれたかい?。」

ハルミはうっすらと笑顔を浮かべながら動画を輝く瞳で見ている。

「すぐに前のダーリンを忘れるなんて出来ないだろうな。動画を見せてあげたり、一緒に食事したりしながら根性入れて頑張るかな!。いつか振り向かせて見せる。あの職人さんみたいにな。」

行広は職人さんの言葉が心にささったらしく、ハルミの心をつかむため努力する事を再度決意する。

行成神社でドールの記憶を読み取ってもらい、前のダーリン健也との楽しい日々を思い出しては笑顔になるハルミ。その笑顔が自分に向けられたものではない事を知った行広はハルミの瞳が遠くを見つめている事を少し寂しく感じている。

「その瞳が見つめるものは俺の遥か後方に見える前のダーリンさんの幻影なんだろうなあ・・・。でも彼は行ってしまった。ハルミを残して・・・。俺がしっかりするしかない!。」

行広は自分に出来る事すべてやろうと考え、最初に一人ぼっちの留守番中に退屈しないように留守中に大型モニターを使って動画を見せる事を思いついた。 しかしこれだけではまだ足りないようである。

「等身大ドールを物と割り切り物として扱えば楽だが・・・。それではいけないよな。心を掴んで一緒に幸せにならないと何の意味もない。この子を不幸にして自分だけ満足する事だけは避けたいな。たった一人の味方になってほしいな。」

しかしいくら考えてもハルミを満足させる方法を思いつかない行広であった。

 翌日、朝五時起床。古民家再生作業は朝が早い。日没には作業が終了する為である。
「おはようハルミ。」ハルミに挨拶する行広。しかしハルミは遠くを見つめている。

行広は少し寂しそうだが神社の神主 鷹成の言葉を思い出し、生きているんだからいくらでもチャンスはあると自分に言い聞かせた。

納豆とみそ汁の簡単な朝食を済ませて作業着に着替えて仕事場に向かった。
「寒いなあー。暗いなあー。」凍る路面に気を付けながら再生中の古民家に到着すると何やら古民家の広い庭が騒がしい。

「おはようございます。どうかしたんですか?。」
「おお真田君!ちょうどいいところに。」

皆が集まっている場所の中央を見ると!なんと若い綺麗な女性が作業服姿で立っている。下は水色のスラックスに足首には布が巻かれており地下足袋姿である。

上は胸ポケットが二つある水色の長袖作業服で腰には黒いベルトが巻かれており大工道具が数本ぶら下がっている。ショートボブヘアには白い鉢巻が巻かれており背の高さは170cmを超える。ウエストは引き締まっているが胸はDカップ程である。その為年配の職人たちは面食らってしまい話も照れて出来ない様子である。

「あの人は?。」
「今日から雇ったバイトの子だよ。大学の建築学科の2年生で大学の奨学金返済と大工の修行をするのも目的なんだってさ。」

「それは感心ですね。」

「真田君、あの子の面倒見てくれないか?。ワシらだとプラコンテナとかいうのに引っかかりそうだしな。下手な事言って訴えられてもかなわんしな。」

「それを言うならコンプライアンスだと思いますよ。」
「そうそうそれそれ。じゃあ頼むな。」
「ちょちょっと!頭領!!!。」

頭領は行広に彼女の事を丸投げして仕事に入った。

「俺だって若い女の子の相手なんて慣れてないよ。😿」
すると女の子は行広の前に立った。距離は50cm程と近い。
「おはようございます。今日から宜しくお願いします。絶対大学建築学部古民家学科2年生の”多門喜久子(たもんきくこ)”です。」

女の子は元気よく行広に挨拶した。

「あッああ。はじめまして。真田行広です。私も移住してきたばかりです。仕事はきついけど大丈夫?。」

心配そうな行広。

「大丈夫です。中学高校とバレーボール部のキャプテンで全国大会にも行きました。大学も男子ばっかりで授業の実習も資材運びは男子と同じ量こなしてきました。将来の夢は伝統工法を学んで文化財保護や古民家再生の大工になる事です。」

大きな声ではっきりと笑顔で答える喜久子。

「じゃあ今日から宜しくね。今日は私の作業手伝ってくれる。茅葺き屋根の材料選定と束ねる作業お願いね。」

「わあすごーい。本物だー。」喜久子は目を輝かせながら材料を見つめてでかい束を軽々と持ち上げて屋根に運び上げる。力は行広以上かもしれない。

「今時の女の子はすごいな。俺も負けていられないな。」
いや!この子が特別なのであって今時の女の子全員が凄い訳ではない。

正午、昼休み。庭に茣蓙を敷いて昼食である。
職人たち皆喜久子の活躍ぶりに舌を巻いていた。

「すごいなねえちゃん。下手な男顔負けだよ。」
「凄い力だな。俺より力持ちかもな。」
痩せた年配の職人は心底羨ましそうである。

「いやーそれほどでもないですよ。皆さんこそプロの仕事ぶりお見事です。見て勉強しますね。」

笑顔で嬉しそうに答える喜久子。実際喜久子は職人の仕事を材料運びの傍ら熱心に見学していた。又、暇さえあればメモまで取っていた。

「俺らの技術でよければいくらでも盗んでいってくれ。そして仲間に教えてやんな。」

気のいい職人たちは惜しげもなく赤の他人のよそ者の喜久子に技術の習得を許した。

すると・・・。

「大変だー。この町唯一のホテルが火事になったんだってよ。」
「なんだって。けが人は出たのか?。」
「火傷した人はいねえけど、消火活動でホテルの社長と従業員がぎっくり腰で病院に担ぎ込まれたらしい。火は消し止めたけどホテルは当分休業だな。」

側で聞いていた喜久子は真っ青な顔になった。「ええええ!そのホテル予約していたのに。」

建築学科の冬休みは2.3月が通例でその間にインターンをする学生も多い。喜久子も冬休みにインターンを兼ねた古民家再生のバイトをしに来ている。

しかし家が遠いので宿泊しないと仕事が続けられない。しかしこの町唯一のホテルは火事で使い物にならなくなったばかりである。

「どうしよう。今夜泊まる場所がないわ。」半分泣きそうになる喜久子。

何故か職人全員で行広を見つめる・・・。

「真田君、お前さん一人暮らしだよね。家は築百年の古民家で二階は養蚕農家の倉庫で一回は和室が4部屋もあるじゃねえかよ。泊めてやんな。」

「ええええええええ。32歳のおっさんの家に!一つ屋根の下に若いしかも女子大生が寝泊まり入浴までするなんて無理ですよお。」

職人全員所帯持ちである。若い女子大生でしかもスタイル抜群の美女を家に住まわそうものなら離婚されるかもしれない。皆面倒なので行広に丸投げした。

「本当ですか!嬉しいわあああ。しかもあこがれの古民家に住めるなんて。家の構造も勉強できるし渡りに船だわ。是非お願いします。」

「そそそっそれはちょっと・・・(まずい。ハルミを見られたら社会的に抹殺される。しかも同居中にラッキーすけべで着替えを見てしまったり風呂上りにばったり会ってしまったら通報されて投獄されるかもしれない。)」

「それはまずいよ。俺みたいなおっさんと同居だなんて。」
「ああ大丈夫。今シェアハウスで男子と暮らしているから。着替え見られるなんてしょっちゅうだよ。」

喜久子は大学近くにシェアハウスを借りて男子大学生と同棲しているようだ。

「決まりだな。いいなあ。俺もにょうぼがいなけりゃ俺の家に住まわせたのに。」頭領はちょっとうらやましそうである。

そしてその夜8時・・・。

「よし、ハルミは二階の倉庫の片隅のファンシーケースにしまい終えた。ハルミごめんね。喜久子ちゃんが出て行ったら出してあげるからね。」

しかしハルミは心ここにあらずな様子で遠くを見つめてにへらーと相変わらず笑っている。
「そういえばこの問題も残っていたな。・・・しばらくハルミ攻略はお預けだな。とほほ。」

行広はうなだれながら喜久子が宿泊する一番日当たりのいい部屋を掃除して不要なものを片付けて箪笥を空にして部屋に南京錠がかかるようにして布団を敷いて準備した。

さらにご飯を炊いて山菜料理を作って喜久子の到着を待つ。

30分後・・・
「ごめんくださーい。真田さんいますかー。多門でーす。」

「お、来た来た。はーい。」

少し引きつった観念した様子の笑顔で喜久子を迎え入れた。

行広はなるべく気まずい雰囲気にならないようにTVのにぎやかなバラエティー番組を点けた。
「おなかすいたでしょ。あり合わせだけど良かったらたくさん食べてね。」

座敷に座布団を敷いて山菜料理をテーブルに乗せて熱いお茶も入れた。

「わあおいしそー。真田さんてお料理出来るんですね。いただきまーす。」
「たくさん食べてね。元鬼嫁が料理が苦手で全部俺が作っていたからね。」
「え?真田さん独身なんですか?。」

「バツイチだよ。娘は3歳になるけど親権取られちゃって・・。」

喜久子はしまった!と思ったがもう遅かった。

「すみません変な事いっちゃって。でもお料理上手な男性って素敵だと思います。私も実はお料理苦手なので。あ!教えてくれれば明日から私もやります。」

「ほんと!。助かるよ。私の秘伝のレシピ伝授するから宜しくね。」

喜久子はよっぽどおなかがすいていたらしく炊飯器のご飯はたちまち空になった。

「コリャ凄いな。コメの高騰もあるしちょっと家計がきつくなるかもな。でもいい子だし楽しくなりそうだからいいか。」

今後の事をいろいろ考える行広。悩みは尽きない。

一方喜久子はお気楽な気分で田舎の広いお風呂を満喫し2時間も出てこない有様である。

急遽、喜久子と行広の奇妙な同居生活が始まってしまった・・・。

 そして数日後の日曜日・・・。

仕事は休みである。この町はバスが一日数本なので行広は仕方なく中古の白いバンを購入し、日常の足として使っている。

日曜日にハルミをドライブに誘ってみようと計画していたが喜久子が来たので棚上げになってしまった。ハルミは外の世界を見たことが無い。
外の景色を見せればハルミの気も晴れるだろうと思い、白いセーターにベージュの短いスカートに着替えさせて準備をしていたが喜久子の目が気になり外に連れ出す事が出来なくなった。

その事をハルミに話し詫びたが、いつもの遠くを見る微笑みしか返ってこなかった。


仕方なく一人で気晴らしに近くの湖に車で出かけた。

喜久子は慣れない仕事で疲れたらしく昼過ぎになっても起きないのでそのまま放置して来た。

2時間後・・・

「ふあああ。良く寝たー。ん今何時?ぎゃああああー午後3時いいいいいい。」喜久子は飛び起きて着替えて行広を探したがどこにもいない・・・。

「しまったー。寝坊したわ。衣食住お世話になってお金も受け取らない真田さんにこれ以上甘えたら人として終わりだわ!。せめて掃除ぐらいしなきゃ。そういえば二階の倉庫が埃だらけだったわね。ようし。」

喜久子は鉢巻をしめて作業服に着替えて二階の倉庫を掃除する事にした。

2階の倉庫は畳24畳以上の広さがありさすがの喜久子も四苦八苦していた。

「はああああ。あれから2時間か。半分も終わらないわ。」

汗をかきながら床にあおむけに大の字になる喜久子。すると倉庫の端っこに真新しいファンシーケースが置いてあるのを見つけた。
「あれ?あんなところにかわいいケースがあるわ。💛」

喜久子はその周辺を雑巾がけしてそのついでにケースの中身を整理しようとケースを開けた・・・・。

「え!なにこれ!!!。」

丁度その頃、いろいろ悩んでいた行広が気晴らしドライブから帰って来た。

「たらーま。(ただいま)」車を停めて、玄関を開けて行広が家に入ると二階から物音がするので二階の様子を見に行った。
「なんだなんだ?又大ネズミが侵入したかな?。」

するとファンシーケースの前で唖然として立っている喜久子がいた。

「え!なんで多門さんがここに?え!あのファンシーケースは!まずい。」

慌てて駆け寄るがすでに遅かった。
「ああああ!。見られたああ。もうおしまいだああああ。社会から抹殺されるウうううう。」
頭をかかえてその場にしゃがみ込む行広。

「どうかこのことは秘密にしてください。」
土下座する行広。

しかし喜久子の様子は平然としている?いや?むしろ嬉しそうである。

「真田さん!。あなたも?。あああ感激だわ!こんなところに同士、仲間、バディがいるなんて?。」

「あなたも???ええ???」

訳が分からない行広。喜久子はスマホの待ち受け画面を行広に見せた。すると・・・・。
「ええええええええ。こっこっこっこっこっこっこっこっこっこっこっこっこっこっこっこっこっこっこっこっこっこっこっこっこっこっこっれは。」

「こっ、の無駄使いはやめましょうね。限りがあるので。」
別にこっには限りはないが・・・。

「これは、等身大ドール!しかもイケメンだあああ。」

第二話END



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