![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/141603134/rectangle_large_type_2_5dd577e5227fb11cb405f722bc3d3755.jpeg?width=1200)
人のいない楽園・・・第五章 不透明な関係 第四話END
2024年8月、昌行は米倉刑事に呼ばれて刑務所の体育館に来ていた。
出所する大勢の元性犯罪者達を目の前にして体育館の演説台に立っている。
先日逮捕された性犯罪者”藤尾宝幸”はあれから大人しく山城工務店の作業員寮で生活するようになり、作業場でも問題行動も無くまじめに働いている。同僚の作業員からの評判も良く、これまで見た事も無いぐらいの真面目さで働くようになり、防犯課の米倉刑事も胸を撫でおろしていた。この成功を知った警察署上層部は早速今後出所してくる元性犯罪者に対し、再教育の一つとして平和な性欲解消の方法を紹介する事を決定した。今日の講演会はその第一回目の試みである。藤尾宝幸の性犯罪抑制に1か月以上成功した”等身大リアルドール”の導入はまさに性犯罪抑制の切り札として使える事を実証した。そのためこれはいけるのではないか?という期待が大きくなったのである。
「えー本日は君たちが罪を償い、社会の一員として再出発する上でその心得と助言をするためにヒーリングカウンセラーとして名高い佐藤昌行先生にお越しいただいた。」場内ささやかだが拍手が起こった。
「佐藤昌行です。今日は皆様にお祝いの言葉をお送りするのと同時に、今後皆様に社会の一員として成功していただくための助言をさせていただく機会を頂けたことを大変名誉に思っています。」深々と会釈する昌行。すると場内が少し暗くなり体育館後方のプロジェクションマッピングが作動した。
映し出されたのはこの世のものとは思えない美しいグラマラスなビキニの女性の姿である。「おおおおー💛」場内がどよめきだした。「皆様は美しい女性に大きな関心があると思います。私もそうです。」場内に笑いが起こる。「種明かしをします。この女性は人間ではありません。等身大リアルドールというソフトな素材で出来た人形です。」「なんだって!?」「これが人形だって?。信じられない!💛。」場内皆映し出された美しい人形に釘付けになった。「皆様はこれまで性欲を抑えきれず、本能のまま暴走して過ちを犯した悲しい過去がございます。大変残念な事ですが男としての本能がある以上暴走する可能性はだれしもあるかもしれません。しかしその対象がこれほど美しかった事がございますか?。これほど美しい女性をいつでも抱ける。何のリスクも無く抱ける。そんな方法もあるのです。」場内が再度どよめきだした。プロジェクターは別の美女を映し出した。「これは私の嫁”愛香”です。等身大リアルドールです。私はこのようなスタイル抜群の美女と同棲し、夜は好きな時に好きなだけ愛し合っています。」場内は嫉妬のまなざしでいっぱいになった。「世の中にはこのように罪を犯さずにプロの女優やモデル顔負けの美女と好きなだけ愛し合う方法があるのです。皆様にはどうかそのようなご自身に合う方法を見つけ出して罪を犯さず、平和に幸せに再出発してほしいのです。」すると場内から割れんばかりの拍手が起こった。昌行は頭を下げて退場した。拍手は鳴り止まず、いつまでも続いた。
短い講演を終えた昌行は米倉とともに当刑務所の所長に会いに行った。
所長室に通されソファーに案内された。
「私がこの刑務所の所長、古鷹です。」古鷹所長が会釈する。
「ヒーリングカウンセラーの佐藤昌行です。」昌行の隣には米倉が座った。「早速ですが本題に入らせてください。佐藤さんが捕まえてくれた藤尾ですが等身大リアルドールの沼にはまって今では仕事以外の時間は自室に引きこもってひたすら性行為を繰り返しているそうです。
もはや人間の女性には見向きもしなくなりました。」
「ほう、そんなに効き目があるのかね。」
「私も試しに購入しました。独身なので。予想以上に良いものです。触った感じも本物の女性に引けを取りません。」米倉も実は沼にはまっていた。「今回の出所式の講演会でも元受刑者の反応は大変いいものでした。中にはこんないいものがあるのなら刑務所に入る事は無かったのにと泣き出す者まで出る始末でした。」
「なるほど、米倉刑事も防犯課の一員として犯罪者の立場から試したというわけですね。ご熱心でいらっしゃる。」感心とは裏腹に後ろめたさもありそうな表情の米倉である。
「性欲抑制も大事ですが性欲発散も同じぐらい重要ですよね。アニメ AV、風俗、に加えて実際に触れる、やれる等身大リアルドールがあればかなりの性欲発散が期待できます。出所してシャバに出ればお迎えしてやり放題という希望を与えるというのが我々の提案です。」所長の古鷹は少し考えてすぐに発言した。
「これまで藤尾のように出所しては性犯罪を犯して又収監される犯罪者が後を絶たない状況だったが藤尾の成功例がある以上悠長なことは言っていられませんな。早速、受刑者たちに平和な性欲発散教育プログラムを導入する事にしましょう。佐藤先生今後もご協力よろしくお願いします。」
「こちらこそ宜しくお願いします。私の提案が採用されて嬉しく思っています。」昌行は笑顔で所長室を退出し米倉に車で病院まで送り届けられた。
休む間も無く昌行はカウンセリング業務に戻った。ここ数日由紀が出張しているので病院のカウンセリングはほぼ昌行が行っている。
病院内の雰囲気は依然と違って昌行に対して大変和やかになっていた。
看護婦が先日まで昌行が出張していた施設のビデオレターを見ている。
「これが愛香ちゃんね。かわいいー。」
「すみれちゃんとっても幸せそうな笑顔ね。こんな笑顔由紀先生にも見せたことが無いのに。」由紀の印象操作で最初は等身大リアルドールを嫌っていた看護婦達もすみれちゃんの笑顔と愛香の可愛らしい姿にすっかり魅了されていた。「さすがは愛香だ。男の俺だけでなく職場の女性達の心まで魅了しちまうとはな。旦那の俺も鼻が高いな。」
笑顔でその様子を見る昌行だった。
すると病院の玄関から看護婦の悲鳴が聞こえた。「キャー。」受付嬢まで逃げ出していた。「一体何があったんだ?。」
「凶悪犯の藤尾が来ました。脱獄したみたいです。」
「何!女性はみんな中に入って鍵をかけるように。」
院長があわてて対応する。藤尾は作業服で玄関の前に仁王立ちして動かない。
大声で「佐藤昌行を出せ!。」と繰り返している。院内に緊張が走る中昌行は丸腰で玄関に出て行った。
「佐藤君、やめるんだ。殺されるぞ。」
「このまま私が出て行かなかったらあいつは夜まであそこに立っていますよ。何かあったら110番してください。」流石の昌行も緊張した表情になり、ゆっくりと藤尾が待つ病院の正面玄関に向かった。
「やっぱり捕まえた事を根に持っていたんだな。1か月以上真面目に働いていたから油断したな。あれは芝居だったのかな?。」震える拳を握りしめ、期待が大きかっただけにその失望感と残念という気持ちで天国から地獄に落とされるような気分だった。正面玄関の自動ガラスドアは空きっぱなしで真夏の熱気が院内の一階フロアに充満していた。
「佐藤!会いたかったぜ。」藤尾はにやりと笑った。
「久しぶりだな。俺に何か用か?。」引きつる表情の昌行。すると藤尾はつかつかと昌行に近づいて顔が後30cmという距離まで近づいた。
再びにやりと笑う藤尾。
「佐藤、お前に言いたいことがあってな。」藤尾は急にかがんだ。
反応して後ろに下がる昌行。すると・・・藤尾は急に土下座した。
「佐藤、お前に礼が言いたくてな。実はあの後あの女を犯したら俺は死ぬつもりだったんだ。」
「なんだって!。」驚く昌行。
「あの女犯していい気分のままあの世に行くつもりだったんだ。でも止めてくれてよかった。お前が俺にあの人形を提案してくれたんだってな。ありがとよ。人形なんだから当たり前だが俺に犯されても笑顔でいやがるしいつでもやらせてくれるし、俺を怖がらねえし、人形だけど今までやった女の中じゃ一番の上玉だしな。やっているうちにだんだん気持ちが楽になってよ。別に人間の女だけが女じゃねえしな。しかもあんたも人形持っているんだってな。あんたみてえなまともな人間も持っているんだから、なんだかそれで安心しちまってな。ありがとよ。」藤尾はそう言い終わると立ち上がって黙って病院を出て行った。昌行は自分の努力が無駄にならなかったことを嬉しく思い、思わず藤尾に声をかけた。
「俺だって同じなんだ。女にフラれてドールに救いを求めたんだ。お前と一緒なんだ。」
藤尾は聞こえないふりをしたのか去っていく速度に変化はなかった。「良かった。本当に良かった。また一人、人が救われて良かった。でも”人間の女だけが女じゃねえしな”はこっちのセリフなんだがなあ。」昌行の目に涙が浮かんで来た。
藤尾は病院の玄関を出ると待ち構えていた警官隊に抵抗もせず。取り押さえられた。「あいつ・・・俺に謝るためだけに逃げ出してきたのか・・。」
昌行は藤尾の真っ直ぐな心に感動しつつ連行される姿をいつまでも見送った。
数分後、院内は何事も無かったかのように通常の業務に戻り、昌行も通常のカウンセリング業務に戻った。一方精神科医の由紀は先日まで昌行が出張していた精神疾患自立施設のグループホームに来ていた。昌行が担当したすみれちゃんの様子を見に来たのだ。由紀はすみれちゃんの病室をノックして入った。するとすみれちゃんは愛香とすみれちゃんのツーショット写真や一緒に生活した3日間のスナップ写真をタブレットで見つめていた。笑顔があふれている。「私が担当した時とは大違いね。」さみしそうにその様子を由紀は見つめていた。由紀は簡単な挨拶をして病室を出た。
翌日、昌行は院長から重大発表があると呼び出された。診察時間30分前の病院の一階フロアに全職員が集めまれた。院長がマイクで挨拶する。
「突然ですが、下村由紀先生が他の病院に移られる事になりました。大変残念ですが下村先生の事を必要としている病院は数多くあり世の中の患者さんたちの為にもお引止めする事は憚られます。」院長は軽く会釈して退場し由紀が中央に立った。
「短い間でしたが皆さん本当にお世話になりました。この病院には大変優秀な職員さんやカウンセラースタッフさんもそろっています。私は私の力を必要とする病院で自分の能力を高めてさらに多くの患者さんを救う事を決めました。ここには私より優れたスタッフが多くおられますので私は心配はしていません。」由紀は昌行を見つめてすぐに背を向け去っていった。昌行は思わず由紀を追った。「由紀!どうして辞めるんだ。」由紀は思いつめたような表情で作り笑いを浮かべながら言った。「昌行、最近大活躍じゃない。すみれちゃんがあんなに元気になるなんて・・・私じゃ出来なかったわ。しかも凶悪犯を更生させたんですって・・・皮肉にも私の家庭を崩壊させたあの等身大リアルドールを使って・・・・。」由紀の表情はもはや作り笑いではごまかしきれないほどに動揺していた。「よりにも寄って・・等身大リアルドールを使うなんて・・・。」昌行は決心したように言った。「使い方の問題だと思うよ。例えば刃物だって、車だって、人を救う事も殺す事も出来る。使う人間の問題だよ。」由紀は震える声になった。「私の父が等身大ドールを外の人前に持ち出して、その様子を見られて娘である私がいじめられた幼い頃の悪夢のような思い出は理屈で分かっていても一生消えないわ。だから私は私のやり方を必要とする病院に行くことにしたのよ。絶対私は認めないわ、こんなやり方。」言い終わると由紀は白衣を着て新人の医師への引継ぎの為に診察室に向かった。「成果は出てもそう簡単には認められないよな。でも人が救われたのは事実だ。俺は俺の信じるようにやるさ。愛香の為にも。」昌行の決意はさらに固まったようである。
2024年8月後半、あるキャンプ場に夏の終わりの思いで作りに若い家族連れがキャンプに来ていた。その日は夏休みも終わりに近いという事もあり5組の家族連れが川辺にテントを張ってバーベキューを楽しんでいた。
「夕暮れのバーベキューって楽しいね。」
「まだまだセミの声が聞こえるね。」
「明日はルアーフィッシングをやろうね。」「うん。」
とても楽し気な家族の会話がそこかしこから聞こえてくる。
しかし一組の怪しげなカップルが混じっている。40代後半ぐらいの太った男性が若いビキニの女性と向かい合ってバーベキューをしながら話をしている。
「あら、カップルかしら?。夜だというのに水着なんて変ね?。」するとカップルの女性が倒れて椅子から転げ落ちた。しかし何も言わない。男性は抱き起して椅子に座らせる。その様子を不気味なものを見るかのように家族連れたちが見ている。「あれは人形!?」
「パパ怖いよー。あの人変だよ~。」カップルの男性は転げ落ちた人形をタオルで拭いたのち抱き着いた。「痛かっただろう!ごめんね。」その様子に目が釘付けになる子供たち。すると怖い顔で睨みつけるカップルの男性。「パパ、もう帰ろうよ。こんなところ嫌だよ~。」泣き出す子供まで出てしまった。翌日、5組全員が予定を切り上げてキャンプ場を去っていった。残ったのはそのカップルだけだった。
「ラッキー。これで俺たちの貸し切りだねハニー。💛」第四話END