所作
「所作」というとピンとこないかも知れない。
「身のこなし」という意味である。
我々の仕事の中でこの「所作」は、極めて重要なポイントである。
お客様を誘導する。
椅子を引く。
メニューを差し出す。
オーダーを受ける。
ドリンクをサービスする。
料理をサービスする。
食べ終わったお皿を下げる。
文字にすると、このようになるが、
映像にした場合、
その「所作」が美しいか、そうでないか…
これは極めて大きな問題なわけである。
間違って欲しくないが、
そのサービススタッフが美人か、とか
そのサービススタッフのスタイルが、という問題は
ここでは重要ではない。
あくまでその所作が美しいかどうかということだ。
披露宴を例にとって説明しよう。
結婚披露宴は、人生の中で一度だけ(中には何度もする人もいるが…)スターになれる。
参加者全員が、新郎新婦に注目し ケーキ入刀だ、キャンドルサービスだ、なんだかんだと盛り上がるわけである。
しかし、考えてみて欲しい。新郎新婦は大抵の場合素人である。
その素人の二人を、出席している皆さんに対して 感動を与えるような動きをさせているのは・・・実はキャプテンなのである。
それはもう最初の入場からスタートする。
新郎と新婦の間に一定以上の距離が開いてしまうと、非常に違和感があるので
新郎には、なるべくゆっくりと歩くように、
新婦には、新郎との間をあまり開けないように説明する。
しかし、この最初の入場シーン、新郎新婦は大抵極度の緊張の
それもピークに達している時なので、何を言ってもあまりうまく
伝わらない。
キャプテンは、先頭に立って誘導しながら調整し、声を掛け、
メインテーブルまで誘導するわけである。
エドモントでは、キャプテンは後ろ向きで誘導するスタイルであった。
これは、キャプテンが新郎新婦の状況を一番確認しやすいのである。
ただし、後ろ向きに歩くのは相当訓練しないと、必ずどこかで引っ掛かってしまう、あるいはバランスを崩す。
誘導している側がこけては洒落にならないので、血のにじむ訓練が必要となる。
入場のフィニッシュは、新郎新婦が一礼をして着席となる。
この時は後ろから「ご一礼でございます!」と大声で声を掛け、
そして背中を押してやる。新婦の背中は介添えが押す。
見ている人からはキャプテンが大声を掛けていることや、
背中を押していることは全く分からない。
キャプテンは新郎の背中を押しながら、自分はもっと深く一礼し、介添えも同様であるからである。
これがきれいにきまると、見ている人は感動する。
嘘では無い。激しく感動するのである。
ただ、それだけのことなのだ。
ただ、それだけのことであるのだが、これは経験を積んだ人間でないと絶対にうまくいかない。
中途半端な音量で「ご一礼を…(もぞもぞ)」な~んて言うと
新郎が「えっ?」なんて言って、後ろを振り向いたりするわけである。
これでは絵にならない。洒落にもならない。
誰が悪い? 悪いのはキャプテンである。
そしてホテルの沽券にもかかわる。
ゆえに、キャプテンは新郎新婦の一礼にも命を掛けているのである。
「ほんとかい?」って思う人は、すでにこの商売に向いていないので、これ以上先を読まないでも良い。
ケーキ入刀はどうか…
新郎新婦を大きなケーキの前へ誘導する。
① キャプテンが刀の歯をナフキンで持ち、新婦に「右手で握って、左手を添えて下さい!」と言う。
② 次に新郎に「ご新郎はご新婦の右手の上にご自分の右手を重ねて下さい。ハイ、そうです。次に左手をご新婦の腰にまわしてください!」
(緊張しているので自分の腰に手をまわしたり、腰って言っているのに新婦の肩に手をまわしたりする人もたまにいる)
③ 「ハイ、結構です。それでは私がナフキンを上にあげましたら、お二人でゆっくりと、ここにナイフを入れて、一番下までナイフを進めて下さい
(切るとか言ってはいけない)。
一番下までいきましたらナイフはそのままの姿勢でカメラの方にポーズを取ってあげてください。
④ よろしいですか? 『ハイ!』と言ってキャプテンはナフキンを大きく上にあげ、そしてその感動的なフレームに姿が映らないよう身を逃がすのである。
⑤ キャプテンの上げたナフキンを合図に、シャンパンがポンポンと抜かれ、音楽も最高の音量で盛り上がる。こんな感激を味わったことなど新郎新婦にあるわけも無く、中にはあまりの感動に、涙が頬を伝うのでは無く、涙が目からダイレクトに滝のように落ちる人も決して珍しくない。
人の涙というのは、更に感動を与えるものである。
この私も披露宴のキャプテンを何組やったか分からないくらいにやったが、
新婦の目から滝のように落ちる涙を見て、こっちもウルってきたことは数知れず…である。
退場シーンで重要なのは、メインテーブルから各テーブルの間を通って、お開き口まで誘導する。
お開き口の前で二人並んでいただき、きれいに一礼してもらう。
新郎新婦も段々と「一礼と拍手のパターン」が飲み込めてきて、
更にきれいな一礼が決まったりするわけである。
問題はその後である。
一礼した後、二人は向きを変えないと会場の外に出られない。
この向きを変えるとき、二人は「内回り」に向きを変えないと
絵にならないのである。
これも、最初から説明してもややこしいし、理解しにくいものである。
結構、ぶっつけでその場で指示をする。
クルって、きれいに内回りで向きを変え、会場から出て行く二人。
ドアマンがタイミング良く、きれいにドアを閉める。
感動的なシーンである。
このように、「決めるべきシーン」をいかにして決めるか!は、
キャプテンの力量で全てが決まってしまうのである。
宴会においては、キャプテンは黒子となってそれぞれのシーンを
演出していくわけであるが、レストランにおけるスタッフの役割は、
ある面宴会のキャプテンと同じく黒子に徹する必要もあるが、ある時は、重要なキャストして活躍しなくてはならない。
出過ぎてはいけないが、ゲストに楽しんで頂くための会話、
料理のプレゼンテーションなどは不可欠であると言える。
馴れ馴れしいのは駄目であるが、親しみを込めたサービスが必要、
ニタニタしているのは駄目であるが、にこやかなスマイルが必要、
慇懃無礼は駄目であるが、節度は必要。
そのゲストに対して、どのくらいの情報を有しているのか、そしてその情報を、どのように活用するかを明確に計算しておくのは当然必要となる。
きれいな所作とは、「計画性のある無駄の無い動き」と言い換えることが出来る。
この計画性の中には、突発的なゲストの反応や動きも想定しておく必要がある。
指先の表情、会話に合わせた顔の表情、
相手に自分のお尻を向けない!が、ポイントである。