シャリアピンステーキ
村山春樹著「村上朝日堂」の中に
こんなことが書かれていた。
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僕はウィンナ・シュニッツェルをよく食べる。
ウィンナ・シュニッツェルというのは、つまりウィーン風仔牛のカツレツのことである。
これは仔牛肉をビール瓶で薄くなるまでたたいてころもをつけ、
ひたひたのサラダオイルで片面ずつあげる料理である。
トンカツみたいになみなみとした油であげるとおいしくない。
ウィンナ・シュニッツェルには他にもきまりごとがある。
つまりあげた肉の上にレモンの輪切りをのせ、その真ん中にアンチョビでまいたオリーブをのせる。
それからケッパーも振る。熱いバターをかける。付け合わせは白いヌードル。
これが決まりであって、これだけ揃ってやっと「あ、ウィンナ・シュニッツェル!」と呼ぶことが出来る。
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ボクはホテル業界に身を置く人間だし、
フレンチのサービスも長くやってきたので
このウィンナ・シュニッツェルの定義というか、きまりについては勿論知っていた。
しかし、業界の人間でもこのようなこと(本来当たり前に知ってなければならないこと)
を知らない人が主流になっている時代に作家でここまでのことを知っているのは凄い!
村上春樹さんは、ボクと一緒で(すいません、おこがましいですが…)
美味しいものを食べることに徹底的にこだわっていて、
それを追求していくと自分で気に入った料理を気ままに作る!
という結論になるようである。
氏の作品には日常の一こまとして、あり合わせの材料で料理を作る場面がしばしば登場する。
あっという間に、美味しそうで
ご相伴に与りたいような素晴らしい料理が出来上がる。
なんてことは無い、煮物、おひたし、味噌汁であったりするのだが、
それらの一つ一つにこだわりがあって、
例えば味噌汁一つとっても、
出汁の取り方、具材を読んでいるだけで
「美味しそ~!」
って思ってしまうのだ。
そして、それらのことは彼の作品の非常に重要な要素の一つなんだと思うのである。
料理やお酒というのは、生活のシーンの中で不可欠な要素であるが、
妙に詳しく書いてあるが、見事に間違ったことを書いている作家も少なく無い。
そういうのを読むと、どうしても「この程度か…」と感じてしまうわけである。
料理のきまりごと、
大事にして欲しいものです。
例えば、これは主観も入っているが…
ローストビーフにはベークドポテトとクレソン、そしてレホォール(洋わさび)は必須!
スパゲティ・ミートソースには、粉チーズとイタリアンパセリが必須!
カツ丼には糸ミツバは必須!
ソーメン食べるなら、最低でもミョウガと細ネギのみじん切り!
ボクの友人のミュージシャン渡辺幹男氏は、料理も達人であるが
トンカツには、キャベツの千切りとナポリタンのスパゲティ!
と言いそうである(笑)。
最後にシャリアピン・ステーキについて
これは声楽家シャリアピン氏が帝国ホテルに滞在時(多分今から50年位前)
シャリアピン氏は歯が悪くて歯医者で治療を受けていた。
それでもビーフステーキが食べたいと所望する氏に対して
当時、帝国ホテルのグリルのシェフであった筒井氏が考案し提供したのがシャリアピンステーキである。
これは、ランプ肉を薄く叩き伸ばし
タマネギをすり下ろしたジュースをたっぷり塗る。
フライパンで肉の両面を焼き、
肉を取り出して、そこに非常に細かくみじん切りにしたタマネギを入れジックリ炒め
トロトロになったものを焼いた肉に塗り広げる。
付け合わせは、蒸したポテトをスライスして、フライパンで焼いたシンプルなもの。
あと、クレソン。
ソースは無い(肉の上に塗ったタマネギがソース)。
筒井シェフは帝国ホテルからフェヤーモントホテルに移られ、その後ホテルリッチの顧問になられた。
そんな訳で、ボクが若いころに修行させてもらったフェヤーモントでは正当派シャリアピンステーキを出していた。
そのフェヤーモントホテルも10ほど前に三井パークマンションになってしまった。
今ではきっと帝国ホテルでしか食べることが出来ないのかも知れない…。