コンプレックス15
「親知らず」を抜いたのもこの頃だ。
これを抜いた経験のある方だけが知っているあの恐怖!
ボクの場合は、更にいくつもの不運が重なった。
エドモントのあった飯田橋は東京の「ど真ん中」というと聞こえはいいが、実際は何も無い、全然オモロクない所なのだ。
唯一あるのが小さな出版社や、小さな印刷屋、あとは病院がやたらと多かった。
警察病院やら日本医科大学付属病院やら、
あっちも病院、こっちも病院という感じであった。
突然奥歯が痛くなったボクは、数日後に結婚を控えていた。
ここはひとつ下手な歯医者に当たるといけないので、近くにあった○○歯科大学口腔外科という、とても頼りがいがあるところを
訪ねることにしたのである。
しかし、その発想が浅はかだったことを、後にタップリと味わうこととなった。
親知らずは痛みだすと、抜くしか方法が無いようで、当然ボクも抜かれることになった。
レントゲンの写真を見せてもらい、色々説明していたが、
ようは、抜く前の儀式みたいなものである。
ボクは、歯を抜かれる恐怖もあったが、
その後にひかえている結婚式に影響がないものだろうか?
と、大いに心配していた。
「あの~、数日後に結婚式なんですが、大丈夫でしょうか?」
と医者に聞いてみた。
「心配ない、心配ない。今日じゃ無ければ問題無い・・・」
みたいな感じで、医者は軽く答えていた。
本当に大丈夫なのであろうか・・・・(恐怖)
歯茎や頬の内側のあっちこっちに麻酔の注射をチクチク打たれ、
あっという間に、口の中全部がしびれて、よだれダラダラ状態になった。
「それでは始めます!」
あ、あれっ!!
おいおいおいおい、さっき説明していたあんたが抜くんじゃないんかい?
そこには、どうみても学生の可愛い女性が、ボクよりも恐怖に震えた目だけを出して、たたずんでいたのだ。
ありゃ~、こういう展開か・・・
ダマサレタ・・・
そう、彼女は完全にビビッていた。
ビビッているのを、悟られまいというポーズも出来ないくらいに
ビビッていた。
それを見たボクはもっとビビッた。
だ、大丈夫なのであろうか・・・・
ボクの親知らずは、ほとんどが歯茎の中に隠れていた為
メスで切開し、ノミでその歯を破壊しながら、ヤットコみたいので挟んでぬいているようだった。
しかし、これが初めてと思われる可愛いインターンは、
これ以上手こずれないくらいに手こずって、
ノミが目標から外れ、歯茎を傷つけ、
ヤットコがすべって、歯茎を傷つけ、
いたるところから出血し、それでも全然抜けないのだ!
横から見ている憎き医者が、
「おまえ、何ヘッピリ腰でやってるんだ、腰を入れろ!」
と罵声を飛ばす!
おい、そこの医者!コンニャロ~、道路工事やってんじゃ、ねんだぞ~!文句言って無いで、お前が変われ!!
と、ボクはムカムカしながら思ったが、それは叶わなかった。
彼女は、涙目になりながら、そしてその後もボクの歯茎に沢山傷をつけながらなんとか、かんとか抜くことは抜いたのである。
麻酔で痛みは無いんだと思うが、
あまりにも時間がかかり、そして痛み以上の恐怖の連続で、
終わったときは魂が抜けたような状態であった。
「痛くなりそうな気配があったら、この薬を飲んで下さい。
痛くなってからだと効かないと思うので・・・
それと、大丈夫だと思うけど、もし腫れたりしたらすぐに
来て下さい。」
ボクは、魂の抜け殻のような状態で「ふぁい・・」と答え、
ボ~としながら電車に乗って帰ることにした。
ジワジワジワジワ痛くなってきた。
あれ、家に着く前にもう痛くなってきた・・・
どうすんべ~?と、思っているうちに、我慢出来ない痛みが襲ってきた。
こりゃ、もうタイミングが遅いのかもしれないが、飲むだけ飲もうと、駅のホームの水飲み場で薬を飲んだ。
やはり、とき既に遅し・・・痛みはドンドン増すばかりであった。
我慢するしかないか・・・と安静にして寝ることにした。
ズッキン、ズッキンという痛みが襲ってくる。
熱まで出てきた。
これじゃ、抜く前よりもひどい状況じゃないか・・・
ふと鏡を見ると、
ドッヒャー!!!
抜いた方の頬が、風船みたいに腫れあがっていた。
こ、こんな状況で結婚式はだ、大丈夫なのか・・・
バクバクバク・・・
心配になって病院に電話してみた。
「顔が風船みたいになって・・・痛みもす、すごいんです・・・」
「では明日、来て下さい」
早速、朝一番で行った。
医者は、先ずボクの顔を見てこう言った。
「な~んだ、大袈裟だな~、ちょっとしか腫れてないじゃ
ないですか!顔が倍くらいになる人もいるんですよ!!」
こ、殺してやろうかと思った。
「あ、あの~ふぁを抜く前に結婚式のこと聞きましたよね、
本当に大丈夫でしょうか?」
「えっ、結婚式って、ひょっとして自分の結婚式なの?」
「ふぁい!」
「それだったら、そう言ってよ!それだったら、今抜いたり
しなかったのに!!」
ムムム・・本当に殺してしまいたくなった。
結局、それから結婚式当日まで仕事は休み、
なんとかギリギリで腫れもひいたので助かったが、
大学病院なんて、信用出来ない!
モルモットになるのは、もうゴメンだ!!
エドモントでは結婚式は1日最高12件であったが、
シーズンの土日は確実に2本2本の4本をキャプテンとして担当していた。
土曜の朝8時出勤して、仕事が終わる20時くらいまで、ミス無く披露宴をお開きにする為に、あっちこっち館内を走り回っていた。
自分の食事など行っている暇は全く無い。
タバコを吸う時間も無いほどであった。
しかし、人間だから腹は減る。
そこで考えたのは、仕事を始める前に、それも出来るだけギリギリの時間に重く食べておくのだ!
ホテルの近くのスーパーでお弁当とマルちゃんのホットワンタンを買い、宴会サービス事務所で、その日の披露宴の請書をじっくり見ながら食べる。
サービス事務所には10名くらい座れる大きなテーブルがあった。
出勤時間は30分単位で違い、それぞれがチームで仕事をしていた。
例えばボクのチーム「笹川グループ」は8時出勤、笹川グループは代表笹川、そしてボクをアシストしてくれるアシスタントの○○氏、実際のサービスは配膳会から派遣してもらうのであるが、それを取りまとめる人間は常備といっていつもホテルで一緒に仕事をしているのだ。その常備の○○氏、合計3名が笹川グループである。
7時30分に例えば佐藤グループが出勤していたとすると、彼らは間違い無くご飯を食べながら3人でミーティングをしている。
そして笹川グループがパワーブレックファースト・ミーティングをスタートするころには、丁度いい感じで始動するのでいなくなるわけである。
土曜の朝に、その日の2件分と翌日の2件分を見てしまうと4件分の内容が頭の中でグチャングチャンになってしまうので、土曜の朝はその日の請書しか見ないようにした。
平日は平日で会議やパーティーが沢山有ったので、常に1週間先まで読んで仕事を進めないと廻っていかない状況であり、
常に余裕の無い精神状態をキープしている感じでもあった。