旅の「記憶」Ⅵ.街づくりへの市民参加
まずは腹ごしらえと、駅のレストランのメニューを覗いて、その値段の高さに驚かされました。
寒さに向かう時節でしたが、特に暖かそうな料理のあまりの価格に、その前のイタリア滞在中に、物価の感覚がすっかり麻痺してしまったようでした。
簡単な昼食を済ませて、建築設計を行っているあるアトリエ事務所を訪問しました。
日本人の建築家が、チーフアーキテクトとして活躍されておられ、そのチーフから説明を伺い、所内を見学しました。
市街地の住宅を改造したアトリエは、長く厳しい冬期に備えるかのように、植栽が各所に配され、潤いとヒューマンスケールに満ち溢れた室内空間でした。
北国の住生活への優れた提案として、いかにも創造的な活動の場にふさわしい空間と云うことができます。
翌日は、作成中の公共施設の設計競技提案の提出期限とあって、アトリエをあげてスタッフを動員して、慌ただしく取りまとめている最中でした。
そうとは知らず、超多忙の最中の訪問を詫びて、帰路に就きましたが、置き忘れた傘に気付いて、アトリエに引き返しました。
到着したのは、就業時間をやや過ぎた時刻でしたが、すでに玄関は施錠されて、所内には人の気配はありませんでした。
後に伺った所、スタッフにはそれぞれの生活のリズムとペー スがあって、それを尊重してオーバータイムは行わないことを、アトリエ運営のポリシーとしているとのことでした。
それに引き換え、私たち日本では、設計を取りまとめるために、短期間勝負の競技設計のプレゼンテイションの準備はおろか、長期間にわたる通常の実施設計でさえ、提出間際ではオーバータイムが日常的で、かつ不可欠とされていますので、大いに戸惑いました。
アトリエに訪問の際に紹介された新聞記者から、ヘルシンキにおける街や施設づくりに対する、市民の高い関心と熱い参加意識について、状況を伺う機会がありました。
美しい森と湖のこの国の環境を保ちながら、ヘルシンキ郊外のニュータウン、タピオラでは、フィンランドを代表する街づくりが 、営々と進められてきました。
街づくりや公共施設のプロジェクトの構想が公表されますと、対象地域の住民だけでなく、各地の市民や各種のサークルや団体から、その是非について、市民にとって好ましいか、ヒューマンか、民主的かなどと、様々な住民の関心から意見がだされて、評価を受けるとのことでした。
それに備えて、プロジェクト作成の当事者には、普段から市民社会に向けて街や施設づくりのビジョンを発信して、連携が図られているようでした。
市民が積極的にプロジェクトに関わって、この市民の顔が見える街や施設づくりは、市民社会や民主主義の成熟度を表すバロメーターとして、見習うべき設計の進め方だと考えさせられました。