塗料メーカーで働く 第十四話 文献調査
1989年4月5日(水)午前10時頃 川緑に技術企画管理部から社内メールで分厚い封筒が届いた。
封筒の中身は UV硬化型樹脂の硬化性に関する100件の文献だった。
技術企画管理部には 文献や特許のオンライン検索システムがあり 各部署からの依頼に対応して調査検索を行っていた。
先週 川緑は 懸案のUVカラーインクの硬化性というものを理解するために 技術企画管理部の担当者と打ち合せして 彼にUV硬化型樹脂関連の文献調査を依頼していた。
早速 届いた文献を読み始めると 中に UV硬化型樹脂の起源について書かれた文献があった。
文献には 4000年前のエジプトで ミイラを作るために遺体に樹脂液を浸した包帯を巻き日光に当てて乾かしたと書かれていた。
UV硬化型樹脂のような反応性の樹脂液が人に触れると 皮膚を刺激して かぶれを引き起こすので 樹脂液を浸した包帯を皮膚に巻くと その刺激は著しいものとなり ミイラの皮膚はどうなったのかと想像させた。
更に 文献を読み進めると UV硬化型樹脂の硬化正について書かれた文献は その多くが樹脂の反応速度に関する研究を取り上げたものだった。
ある反応系の反応速度は 反応に関与する成分の濃度と経過時間との関係を実験により求め それらの関係をプロットした時に得られる直線の傾きから求められていた。
この方法に従い 重合反応に関与する樹脂成分や重合開始剤の濃度の時間変化を測定すれば それぞれのUVインクの硬化性を 反応速度という側面から比較ができると思われた。
しかし この評価方法は 限定された条件下で行われるので UV硬化型樹脂が実際に使用される状況とは異なるものとなり そのままUV硬化型樹脂の設計に反映させることはできないと思われた。
川緑の探していた硬化性の評価方法は 実使用下でのUVカラーインクの硬化状態を評価できる方法で その評価結果がインクの設計に反映されるものだった。
文献の中には 毛色の変わったものもあった。
それは 中国 北京の大学の文献で UV硬化型樹脂を高磁場下でUV硬化させると 磁場のない時に比較して 硬化物のガラス転移点が20℃も高くなるという内容だった。
磁化率を測る Gouy の磁気天秤を用いた高分子材料の磁化に関する実験例は多くあり おそらく UV硬化型の樹脂材料についても 何らかの作用を及ぼすものだろうと思われた。
有機溶媒に溶解した光重合開始剤を高場下に置いた時に 磁場の作用で光重合開始剤分子のベンゼン環に電流が流れ Fleming の左手の法則によりベンゼン環に力が働き 磁力線に垂直な方向にベンゼン環の平面が配列することが予想された。
この時 重力方向の磁束密度に強弱があれば 光重合開始剤の分子は磁束密度が低い方へ引っ張られるので それらの分子はベンゼン環の面を揃えて配列することが予測された。
高磁場下で光重合開始剤の分子にUV照射を行った時に 活性種の反応は方向性をもつのだろうか また UV照射を行う時に 活性種による連鎖反応は 方向性を持つのだろうかと推測させた。
もしそうなら北京の大学の論文のように 方向性を持った重合反応は 樹脂の架橋密度や物性値に影響するのだろうかと想像させた。
結局 川緑の文献調査では UV硬化型樹脂の実使用下で その硬化状態を評価できる方法を見出すことはできなかった。
川緑は 光ファイバー用の高速硬化タイプのUVカラーインクを開発するには 一般には まだ知られていない UV硬化型樹脂の硬化のメカニズムを理解することが必要だと考えた。
そこで 彼は 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」に着手することにした。