塗料メーカーで働く 第六十七話 正念場
1993年1月6日(水) 仕事始めの日 午前8時20分頃 川緑は 居室に入り 米村部長 森田課長 福永係長に 「今年も 宜しくお願いします。」と言って頭を下げた。
机についた川緑は 引き出しから手帳を取り出し 予定表を見ると ユーザー対応で後回しになっていた幾つかの案件について 納期的に後がなくなっていることに改めて気付いた。
3月末までに対応が必要な案件は TKM会向けの実験と ラドテック応募用の発表要旨の作成と 会社が発行している雑誌 「塗料と研究」に投稿するペーパーの作成だった。
雑誌 「塗料と研究」は 自社の出版する雑誌で ユーザーや関連会社向けに公開しているもので 最新の事業や研究について記載したものだった。
「塗料と研究」に投稿しようとする内容は これまでに実習生等と進めてきた 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」だった。
川緑は 今回の投稿に合わせて 独自の 「硬化の理論」を完成させようとしていた。
その理論があれば 電線メーカー各社の要望に答えられるUVカラーインクを開発することが出来 同時にケイトウ電機社で開発中のUVランプの発光特性の最適化も可能になると考えていた。
そのような考えを実現できるのかどうか この数ヶ月間が 正念場だった。
もし今 ユーザーの中の1社でも 現行のUVカラーインクにトラブルが発生したら これまでのトラブル対応の経験から 3つの案件に対応できなくなることは容易に想像できた。
兎に角 川緑は これらの案件の遂行を最優先事項として そのために 今後は会社を休まないでやれるところまでやろうと決めた。
午後2時頃 米村部長は 川緑の所へやって来て 「あんなあ 朝の幹部会議でな 『塗料と研究』に載せるあんたのテーマが話題になりましてな。」と言った。
部長は 有働技術本部長が 川緑の研究テーマ 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」の要旨を見て これを社外に公表してよいものかどうかを確認するように 技術企画管理部の江崎部長に指示を出したと言った。
午前中に 江崎部長は 社内の関係者等にあたったが 社外発表の可否を判断できる者が見当たらなかったので その判断を東京の工業系大学の先生に依頼することになったと言った。
米村部長は 「大学の先生に見てもらう資料を 今月中にまとめといてな。」と言った。