塗料メーカーで働く 第三十六話 月曜病
1991年4月1日(月)付けで また 新規事業本部の組織変更が行われた。
新規事業の創出を目指す会社の方針に沿った形で 本部の研究部と技術部のそれぞれのチームの多くは 人員を増強し体制を強化する組織変更が行われた。
一方 川上課長と川緑の属する光ファイバー用UV樹脂材料開発チームは 二人体制のままだった。
4月5日(金)午前10時頃に 川緑は 会社を出ると JR平塚駅から電車に乗り 東京駅で京葉線内房線に乗り換え 八幡宿駅で電車を降りた。
改札口の向うには 松頭産業社の菊川課長が来ていて 彼は 携帯電話で 近くにあるユーザーの担当者に これから伺うことを伝えていたところだった。
八幡宿駅から車で5分程行った所に 目的地の古友電工社 千葉事業場があった。
千葉事業場の守衛所で受け付けを行うと 二人は技術棟へ向かった。
技術棟の窓口で来社の用件を伝えると 受付の女性は 愛想よく 彼等を会議室へと案内した。
会議室で暫く待っていると 技術課の高岡課長と今田氏と荒巻氏と安武氏がやってきた。
高岡課長は 「御社のUVカラーインクを 従来品から高速硬化タイプに切り替えたいと考えています。」と言い 「それに当たって UVカラーインク全色の特性値を記載した報告書と納入仕様書の提出をお願いします。」と続けた。
千葉事業所では これまで光ファイバーの生産性向上のために 塗料メーカーやインクメーカー各社から 硬化性の良いUVカラーインクサンプルを入手し評価を行っていた。
評価の結果 川緑の提出した高速硬化タイプのUVカラーインクが選ばれていた。
川緑は 「弊社のUVカラーインクをご評価頂き ありがとうございました。 ご依頼のありました資料につきましては 後日 報告にあがります。」と答えた。
古友電工社からの帰りの電車中で 川緑は 今日の打ち合わせを振り返り 複雑な心境になった。
今回のUVカラーインク採用は 良いニュースだったが それがゴールではなかった。
今後 電線メーカー各社は 更に硬化性の良いカラーインクを求めてくるのは必至で それに答えられるインクを開発するには 独自の 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」を進める必要があった。
今回のインクの採用に伴う作業は その活動を遅らせてしまうことになると予想された。
依頼を受けた報告書の作成や納入仕様書の作成の他に 自社工場でのインクの試験製造から引継ぎまでの一連の業務を考えると 硬化性の研究に当てる時間を確保するのは難しかった。
そんなことを思いながら ふと隣に座っていた菊川課長に目をやると 彼は 「ストレスを解消する本」と書かれた本を持っていて 「最近 こんな本を読んでいるんです。」と言った。
川緑は 「いったい どうしたんですか。」と聞くと 彼は 「月曜病です。」と答えた。
菊川課長は 商社の立場で 日々 色々な事業に取り組み 売り上げに繋げていきたいと考えていて 休日に仕事のことを考えすぎて眠れなくなり 月曜日には会社へ行きたくなくなると言った。
課長の考えている仕事の中には 電線メーカーをターゲットに 現在売り出しているUVカラーインクのシェアアップの他に新規樹脂材料の開発と展開もあった。
彼は 川緑のチームが増員されれば そのような思惑も実現できるだろうと考えていた。
ところが 今年度の新規事業部の組織変更の話を聞いて チームの体制が変わらなかったことに 彼は ひどいショックを受けていると言った。
彼のそのような言動を見ていると 人は何か こうしたいという強い使命感があって そのことを妨げられると その強い使命感の反動が 自分自身を苦しめるものだと感じた。
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