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塗料メーカーで働く 第七十一話 硬化性の本質

  2月24日(水)の午後9時頃 自宅に戻った川緑は 自分の部屋の本棚のところへ行った。

 棚からファインマン物理学の本を取り出すと 目次の項目を目で追った。

 構想中の硬化の理論は それを基に UVカラーインクの硬化状態を計算すると 硬化が進むに連れて 実測値に比較してずれを生じていた。

 彼は インクの硬化が進むにつれて 反応性が低下するメカニズムがあると考えて 物理学の本にそのような現象を記述したものがないか探した。  

 すると 本の第Ⅱ巻 光 熱 波動 の第17章に Saha の電離式を見つけた。

 Saha の電離式は インドの物理学者 Meghnad Saha  により提唱されたもので 上空の電離層で 放射線を受けて電離する気体分子の反応について記述した式だった。                                

 Saha の電離式は 電離度を 気体分子の温度と密度とイオン化エネルギーとをパラメーターとして記述したものだった。

 Saha の電離式によれば 気体分子の密度が小さくなれば それに応じて電離度も小さくなった。 

 川緑は Saha の電離式が表現する反応の挙動は UVカラーインクの硬化反応に似ていると思った。

 彼は 「きっと インクの反応でも同様の現象が起きているに違いない。」と呟いた。

 2月25日(木)午前6時頃 会社に入った川緑は 居室のエアコンを入れ 共用のパソコンを立ち上げた。

 彼は UV硬化型樹脂の硬化性の計算ソフトに Saha の電離式を組み込み始めた。

 計算ソフトの修正が終わると それを走らせた。

 画面の表示に従い UVカラーインクの組成 塗布厚み 酸素濃度を入力し UV光源を選択した。

 露光時間を0.01秒から0.1秒、1秒 と指数的に10000秒まで設定して レターン キーを押した。

 計算結果は パソコン上のグラフに表示され 横軸に取った露光時間に対応する硬化度がプロットで表示された。

 示されたUVカラーインクの硬化度は 修正前のソフトの計算結果に比較して 露光時間が大きいところでインクの硬化性を低下させる傾向を示した。

 この計算結果は 実測値とよく一致した。

 グラフを見ながら 川緑は 4年前に 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」に着手した時に 研究の目的と方針を立てたことを思い出した。

 研究の目的は 「硬化性に優れたUV硬化型樹脂の開発技術の確立」だった。

 研究の方針は 「 独自の硬化の理論の構築」であり そのための 「硬化に関わる要因を洗い出しと それらの影響度合の数値化」だった。

 川緑は 今回の結果を見ながら 研究の方針は正しく 目的を達成できたと思った。

 硬化の理論式は 計算結果を通して これまで見えなかった硬化性の本質を垣間見せてくれるように思えた。

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