塗料メーカーで働く 第九十三話 次の課題
12月13日(月)午後9時頃 東京駅で 菊川課長と別れた川緑は JR東海道線に乗り込んだ。
祝杯の後で ほろ酔い気分の川緑は 今日の古友電工社でのUVカラーインク採用の知らせを聞いて インク開発の仕事に区切りが付いたと思った。
そう思うと これまでのUVカラーインク開発の経過が頭を過ぎった。
4年前に UVカラーインクの開発競争が始まり 菊川課長の情報によると これに 塗料メーカーやインクメーカーの15社程が参戦していた。
競合他社は その戦いに 大人数で臨んでいたが 自社は 森田係長と自分の二人だけだった。
貧弱な開発体制の中で戦うためには 他社にない新しい戦略が必要だと考えた。
光ファイバー用UVカラーインクに求められる最重要機能は高速硬化性だった。
そこで 硬化の本質を見極めるために インクの硬化性に関する研究を始めた。
その研究結果を基に 独自のインクを開発し 他社との開発競争に臨んだ。
その戦略は 功を奏し 開発中のインクは 電線メーカー各社の一次のスクリーニングに生き残った。
その後 菊川課長の企画した ケイトウ電機社との3社の共同研究を通して 「硬化の理論」を構築し それを基に UVランプとUVカラーインクの組み合わせの最適化を図った。
その取り組みは 事業部の責任者等に認められず 研究活動は難航したが なんとか藤河電線社のインクの採用に繋がった。
そして この日までに 古友電工社等で 新タイプのUVカラーインクの採用が決まった。
これまでの経緯を振り返った川緑は 彼の開発の考え方は間違っていなかったと思った。
同時に 「硬化の理論」の研究には 次の課題があると感じた。
それは 「硬化の理論」と硬化物の物性の紐付けだった。
古友電工社のUVカラーインクの採用は インクの硬化性と硬化物の物性を最適化したものだった。
その試験は 同社での試行錯誤の実験によるものだった。
川緑は インクの硬化物の物性は 試行錯誤によってではなく 計算によって求められるはずだと考えた。
「硬化の理論」を基に 硬化物の機械的強度を予測することができたら きっと 次の新規事業の創出に役立つと思った。
果たして 自社で その仕事ができるのかと思うと 菊川課長の 「いろいろな会社に腕のいい技術者がいて 彼等は 自分達のやりたい仕事が出来ずにいる。」と言った言葉が蘇った。