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塗料メーカーで働く 第八十話 いい人間ばかりじゃないぞ!
1993年5月10日(月)10時頃 技術部の居室 米村部長は 事務作業をしていた川緑のところへやって来て 「今朝の部長会議で 吉岡研究本部長の話が上がりましてな。」と言った。
彼は 「近く 吉岡本部長は 新規事業部の本部長を兼任することになりましてな 事業部の社外発表案件は 本部長がその内容を理解していないものは 許可しないということですわ。」と言った。
米村部長は 川緑に ラドテックでの発表の件について 本部長の可否判断のために 今月中に発表用の資料を提出するようにと言った。
5月31日(月)午前11時頃 川緑は A4用紙50枚に ラドテック発表用の資料をまとめてクリップで止めると それを持って米村部長のところへ行き 「チェックお願いします。」と言って手渡した。
部長は 資料を差し戻し 「わしはいいよ。見ても分らんから。」と言い その資料を技術企画管理部の野村部長に持って行くように指示した。
川緑は 野村部長を訪ねたが 彼は出張中だったので 資料に 「チェックをお願いします。」と書いたメモ用紙を付けて 部長の机の上に置き 居室へ戻った。
6月4日(金)午後6時頃 川緑は 技術部の建屋近くを 台車を押しながら歩いていると 野村部長は 険しい表情で近づいてきた。
部長は ラドテック発表用の資料を手にして 「このままじゃ 吉岡さんを通らんぞ! エントリィがだめになるぞ!」と強めの口調で言った。
その資料は 以前に東京の工業系大学の栗田先生に報告した資料を基に その一部を抜粋してストーリィ付けしたものだった。
野村部長は 資料に盛り込まれている内容が多すぎて煩雑になっていること 説明文の記述に正確さが欠けていることを指摘し 新しい概念の説明が分かりにくいと言った。
川緑は 資料を作成する時に 関係業界の人達の多くに 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」を知ってもらいたいと思っていた。
そのために 先日 栗田先生へ説明した時と同じストーリィを展開すれば UV硬化型樹脂を取り扱っている人達は きっと関心を示してくれるだろうと考えていた。
しかし ラドテックに参加する人達は 樹脂材料の専門家ばかりではなく 原料メーカーや設備メーカーや完成品メーカーからの参加者も多く 彼等にとっては この資料は分かりにくいものになっていた。
野村部長は 発表用の資料について 主張するポイントを絞り 多くの人に分かりやすい説明を行うようにと指摘した。
部長は 「君 米村さんに頼んで 吉岡さんに掛け合ってもらい 資料の提出を待ってもらって 資料を書き直せ!」と言い 「周りは みんないい人間ばかりじゃないぞ!」と言った。
部長の言葉は 川緑に 社内の責任者等の政治的な思惑を感じさせたが 同時に 「がんばれよ!」と言っているように聞こえた。