塗料メーカーで働く 第二十四話 技術部の報告会
10月1日の新規事業部の体制変更に伴い 5日の午前10時に 技術部の開発テーマの担当者等から新組織の責任者等へ それぞれのテーマの進捗を報告する会議が開かれた。
会議室には 中央に大きな円形のテーブルが配置され その奥に平田本部長と杉本部長が陣取り 彼等の左右に各チームの課長等が座っていた。
それぞれのチームの担当者は 順番に会議室に入り 彼らのテーマの進捗報告を行った。
順番が来て テーブル席についた川緑は 川上課長との事前打ち合わせに用いた報告書を配布し テーマの現状と重点取り組みについて説明を始めた。
説明の中で 競合他社との開発体制の違いに言及し 「技術部の業務はユーザー対応に追われることが多く 技術力を向上させるのに必要な基本的な取り組みができていません。」 と言った。
また彼は 「今後 光ファイバー用樹脂材料の開発競争で勝ち残るためには 独自の技術力を向上させることが必要です。」と言った。
報告の間 腕を組んで下を向いて聞いていた平田本部長は 視線を川緑に向けると 「君が言っていることは かなりアカデミックな内容のようだが。」と言った。
その言葉を聞いた川緑は 本部長の就任挨拶で 「君たちに 研究をやってもらおうとは思っていない。 」と言ったのを思い出した。
間をおかずに 川緑は 「いいえ違います。 この取り組みは 新商品を開発するのに必要な 泥臭いものです。」と少し声を大きくして言った。
すると本部長は 「君が言っていることは技術部でできることなのか?」と言った。
川緑は 「できるかどうかではなくて やらないと競合他社に負けると思います。」と答えると 本部長は少し強めの口調で 「では 君の提案は研究部にやってもらうか それとも君が研究本部へ行ってやるか。」と言った。
川緑は 「それは人事権や決裁権を持つ組織の責任者が判断することでしょう。」と思ったが そのことを口に出さないでいた。
二人の会話は途切れ 川緑の報告は気まずい雰囲気の中で予定の時間を過ぎた。
会議室を出た川緑は 報告会での本部長の発言を振り返った。
本部長の発言から読み取れる新規事業部の方針と技術部の仕事を考えていた。
本部長の新規事業部の方針は新規事業を創出するために研究部と技術部の業務分担を明確にすることだろうと感じた。
新規事業部に所属する技術者の配置は 研究部ではドクターや院卒者が配置され 技術部では学卒者が配置されていたことも新規事業部の方針の一環だろうと感じた。
もしそうなら 事業部の責任者等が考える技術部の仕事とは ユーザー対応に徹することで 開発に必要なものであっても 基本的な研究は 本部長のイメージする技術の仕事の範疇から外れるものだろうと感じた。
一方 川緑は競合他社との開発競争に今の体制で立ち向かうには、何か他社をリードするための独自の技術の構築が必要不可欠だと考えていた。
川緑は 本部長等と自分の仕事の取組み方への考え方の違いは 今後 彼等と対立する局面を迎えるかもしれないと感じた。