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これまでの人生 前編

どうも!どめです!
今回は僕がどんな人生を歩んできたのかを話したいと思います。人生の振り返りですね。


結論から申し上げますと後悔だらけです。
いい人生と言えません。
あと今回は愚痴とネガティブも含まれます。

人生の振り返り

覚えてる所から話しましょう。

この頃もあまり自分から話しかける人ではない
コミュ障でした。自分から話かけれない人でした。

でも小学校5、6年は楽しかったですね。
話かけてるくれる人がいたからでしょう。
面白い先生、面白いクラスメイト、そいつらとの
日常、学校行事は楽しかった。

でも今思うともっといろいろ話すべきだった。
面白いクラスメイトだったからこそ話すべきだった。コミュ障である自分に腹立ちましたね…

中学生は正直あまり覚えてないです。
3年間ダラダラ過ごしましたね。
なんとなく柔道部に入ってまし…
なにかあるわけもなく夢もなく、いろんな人と話したわけでもなく。

一定の人としか関わらなかった。同性もあまり関わられなかった。異性なんて0です。後悔ですね…
この頃はなんとも思ってなかったです。


近いし偏差値が低い農業高校にいきました。
男子が多くて女子が少ないクラスでしたね。
相変わらず少数としか関わらなかったです。
普通校で勉強づくしよりこっちの方があってたのかもしれませんね。

ただ僕のメンタルが不安定になる出来事が起きました。母と父が揉め、父が家を出た。
最悪追い出されるかもと思いましたが、
どうやら僕と弟が大人になるまで追い出すつもりはなかったようです。この頃の僕は知る由もないですね。

前々から不仲なのは感じていました。
母は父の愚痴を僕に言うことが多々ありました。
独り言でも言うてました。
だから母にも父にも気を使っていきました。
下手したら小さい頃からかもしれません
いつしか自分なんか生まれない方が良かったと思ってました。

そんな気遣いが無駄だったってあの日理解しました。

父が家を出てからは母はニコニコしてました。
父の住所変更がまだやったんで父の郵便物を僕が渡しに行ってました。

母は僕に
「いらん事言うな」「なんか聞かれても答えんな」
言うてましたね。
父の伝言を母に伝えるとブツブツ文句言うてました。腹立ちましたね。

俺が代わりに行ってんのに。
言いたい放題言いやがってって思いました。


そんなことがありましたが私はもちろん高校に通いました。
いつしか家庭環境のことに目を背け、気にしないように。いずれ限界がくることを知らずに。

最後まで読んでくださりありがとうございます。
一旦ここで区切らせてください。中途半端ですみません。全部書くと長くなりそうなんで。
よければすき、コメントお願いします。
また次回










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