あの子は夢の中でマスクを外して前編
僕の目線の10cm下。偏角30度であの子は似合わない力強さのある目付きで僕を見上げた。
初めて体験する近さを許したあの子の二重瞼はその異様なほどの幅と虚ろな美しさを僕に見させた。
2秒ほど目を合わせると先程までの力強さがふっと消え、あの子の目線は下を向く。
そして右耳へ手を伸ばし、マスク紐の内側から人差し指と親指を入れ、マスクを耳から浮かせる。そのまま躊躇うこともなく、しかし二重の目にはかすかに動揺を染み出しながらマスクを外す。
初めてみるあの子の素顔。マスク越しでは完全にクラス1位のかわいさを持つあの子の素顔。体育の時すらマスク外さないあの子の素顔。クラスの男達全員がみることを望んだあの子の素顔。
あの子は少し俯き下唇を軽く噛む。そして外す前とは違うおっとりとした目付きで10秒ぶりに目線は僕の目に戻りもう一瞬だけ目を逸らしまたすぐに戻す。そして僕の目を見て「どう?」と聞く。「かわいい」いつも君を見る時、授業中盗んで見る時心の中で連呼する言葉を出したいのにすぐに出すことができない。そこには2人しかいない。「かわいい」と言ったところで誰かに冷やかされることも、変に思われることもない。わかっている。だがしかし、恥ずかしくて言うことができない。情けない。心の中が熱くなってくる。なぜだか僕は泣きたくなった。
後編へ続く