あわしま・かわたれ日記(7) 「スプーン曲げ」

 私と父は超能力、UFOといったたぐいの話が大好きだ。中学生の頃、そういった番組があると二人でよくテレビにかじりついていた。当時、超魔術師と名のっていたMr.マリックがスプーン曲げをして、日本中大ブームとなっていた。

 いつものようにテレビを見ているとMr.マリックが現れた。
「父ちゃん、Mr. マリックがテレビに出てるよ。早く早く!!」
興奮して2階の階段から1階にいる父を呼ぶ。
「どれどれ。」
父が急足でやって来る。
「それではこれからスプーンを曲げます。」
Mr.マリックがスプーンを持つ。
「では、行きます。3・2・1」
スプーンがいとも簡単に曲がった。
「すげぇ〜よ、父ちゃん!!これって超能力じゃん!!」
「いやぁほんとすごいなぁ。」
私も父もテレビに釘付けになった。
次にMr.マリックがテレビの私と父に語りかけた。
「皆さんもご一緒にスプーン曲げをしてみましょう。皆さんもスプーンを曲げることができます。」
「えっ!?オレたちにもできるの!?」
大興奮の二人を前にMr.マリックが静かに語りかける。
「さぁ今からスプーンの用意をしてください。」
父が立ち上がって言った。

「よしやってみるか。まさよし、下からスプーンを持って来い!!」

「うん!!」

 我が家は民宿だ。大きなスプーンはたくさんある。何本かスプーンを持って、急いで父のいる2階に向かった。大きなスプーンを手にした父はかなりの興奮状態。鼻息がいつもより荒くなっている。スプーンを持った父が精神統一をはじめた。何かいつもとは違う父の姿があった。

再びMr.マリックが語りかける。
「心の中で『曲がれ!!』と唱えてください。では行きますよ。3・2・1『曲がれ!!』」
父がスプーンを持つ。
「いくぞ。えいっ!!!曲がれ!!」

「と、父ちゃんっ!!」

スプーンは…びくともしなかった。父は何度も挑戦するがその度、スプーンにはね返された。悔しそうな父。すると、

「曲げてやる。絶対に曲げてやる~。」

父の目つきが変わった。目が血走っている。再びスプーンを持った父。漁師である父の上腕二頭筋がぷるぷるしている。

「うりゃ~。∓≡⊂∝∑∮∂」

スプーンはバキバキに曲がった。父にとって超能力なんてもはやどうでもよくなっていた。ただ目の前にあるスプーンを曲げることに意味があるのだ。

「とっ、父ちゃん!!!」

「お前もやってみるか。」
「うん。おりゃあ!!」

もはや私も超能力など、どうでもよかった。
「それ!!」
「とりゃぁ!!」
曲がったスプーンが何個も畳の上に転がっていく。私たちの怪しげな行動を感じとった母が階段を上がり、勢いよく2階の部屋の戸を開けた。

「あんたたち、何やってんの!!!」

雷が落ちた。

 今でも民宿のスプーン入れには、あのときの曲がったスプーンがさびしそうに置いてある。あんなに曲がったスプーンは誰も使うはずがないのに…。


本日の教訓:  スプーン曲げは1人につき1個まで

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