2027年のビーンズショップ <夢の途中> 第17話(最終回) 開店



 
春はなかなか来なかった。桜も日本全国で遅れている様だ。地球温暖化はあらゆるものに影響を与え、あらゆるものが早かったり、遅かったり、激烈だったり、止まったりした。誰も、どうする事も出来なかった。
 
谷川さんからは週に二回程電話が入った。焙煎を含め、宣伝、その他いろいろの問題が起きている様だ。新しい仕事が現実の物になる訳だから、私にとっては当たり前の事だったが、谷川さんは大変そうだった。私もコーヒーやカフェについての分かる事については直ぐに答えられたが、答えられる事ばかりでは無かった。
 
ある日の電話で、谷川さんの声が弾んでいた。『開店日を決めました。3月25日にします。招待状を出しますので、是非、来てください。』
私は『ありがとうございます。伺います。』と答えた。三日程して封筒が届いた。中身はこうなっていた。
 
漸く開店できる事になりました。ささやかな開店祝いのパーティを行うと同時に、皆様に完成した、ベッド&ブレックファースト<風の森>とカフェ<花の樹>も見て頂きたいと思っています。日時は3月22日から2泊3日で行います。パーティは3月22日の夜行います。23日には天候が良ければ大沢川の桜見物を行いたいと思っています。是非、お出かけ下さい。   谷川
 
となっていた。私は電話で出席の返事をした。又、『花輪等は、うちの店は出さないよ。』と言い。『大丈夫です。』と谷川さんは答えた。更に、『3月22日は車以外で来る人は、蓮台寺の駅の改札口に2時に待っていてもらえれば、お迎えに上がります。』と言ってくれたので、『お願いします。』と答えた。
 
3月22日は良く晴れた春の日だった。私は二時に蓮台寺駅の改札口で待っていた。他に二組の中年のご夫婦が同じように待っていた。
挨拶しようと思ったが、やめておいた。他の旅館に泊まる人達かも知れなかったからだ。こん場所で余計な事をするべきではない。
 
二時十五分前に谷川さんはやって来た。白いバンに乗っていた。車体、
には、ベッド&ブレックファースト<風の森>、カフェ<花の樹>と大きく書かれている。谷川さんが降りてきて、挨拶した。
 
私が言った『凄いね。車も買ったんだね。』というと『はい。お客様の送迎用です。中古です。』と答えた。その後、二組のご夫婦の所に言って挨拶した後、私に紹介した。『私の両親と、恵子の両親です。』お互いに挨拶もそこそこに、車に乗り込んだ。
 
車は松崎に向かって走った。車は峠を越えると下りになり、直ぐに大沢川が見えて来る。車の中で女の人が声を上げた。『桜が、咲いてるわ。』
 
川の両岸はもう桜が五分咲きになっていた。これから、これを観に来る観光客も増えるのだろう。何しろ、ここは桜の名所だ。日本有数だと言っても言い過ぎでは無い。
 
車は<風の森>に着いた。車から降りると恵子さんが迎えに出ていた。『いらっしゃい。』と元気よく言った。まず、皆でカフェ<花の樹>に案内された。『どうぞ、何処でも好きな場所にお座り下さい。今、コーヒーが入ります。』と恵子さんが言った。
 
谷川さんがコーヒーを淹れにカフェのキッチンに入り、マンデリンを挽いた。お湯はすでに沸かしてあったので、人数分のカップに谷川さんがお湯を注ぎ温めた。マンデリンが挽けると、谷川さんがネルドリップを始めた。立って見物する人もいた。コーヒーが入ると恵子さんが人数分の小さなケーキ皿にケーキを分けた。
 
今日のコーヒーカップは、私が来たためか、ジノリにしてくれた様だ。ジノリの<フルーツ&フラワー>、白い地に可愛い果物と、花が奇麗に描いてある。ジノリでは有名な物だ。『高かったでしょう。』と私は谷川さんに聞いた。『いや、中古品を一客ずつ揃えましたんで、それ程でもありません。』と谷川さんは言った。探すのも大変だったかも知れない。でも私がジノリを好きだと言うので集めてくれたのだと思う。
 
コーヒーは好評だった。お代わりする人も出た。ケーキは小さな物だが美味しかった。『これから直ぐにパーティが始まるので、ケーキは小さな物にしました。お腹が一杯になってしまうと料理が美味しくありませんので。』と恵子さんが言った。
 
コーヒーを飲み終わり、一息ついた所で、谷川さんが言った。『これから、皆さんをご自分の部屋へ御案内します。今日使う部屋以外は全てオープンにしてありますので、ご自由に中をご覧下さい。それではご案内します。又、パーティは五時からです。五時にここに集合して下さい。』
 
私は、今日は二階のシングルの部屋という事で、二階に案内された。この部屋も見て欲しかったのだと思う。ご両親二組は、蔵のツインの部屋に決まっていたようだ。部屋へ入りベッドへ寝ころんだ。急に眠くなり寝てしまった。
 
午後四時半に起こされた。『五時からパーティが始まります。用意して下へ降りて来て下さい。』と恵子さんが二階のドアの前で言っていた。私は起きて熱いシャワーを浴びた、目が覚めた。着替えて下に降りて行った。もう殆どの人が集まっていた。
 
未由ちゃんもいた。沢木さんもいた。田辺さんもいた。皆、この<風の森>、<花の樹>の為に、力を貸してくれた人達だ。ご両親も集まっていた。私が最後だったようだ。テーブルは集められ、大きな一つのテーブルになっていた。高さが違うので、ちょっと変だがそんな事は誰も気にしていない。
 
音楽が鳴った。来生たかおの<夢の途中>だった。皆、驚いた様だが、谷川さんが、私の為に流してくれたのだ。終わると、谷川さんが挨拶した。『タイのチェンライにいる時、どうしても作りたかったカフェとミニホテルを作る事が出来ました。これも今日お集まり頂いた皆さんのお陰です。ありがとうございました。』そしてパーティは始まった。
 
食べ物は、豊崎ホテルからお刺身の盛り合わせを取った様だ。大皿に盛られた、お刺身の盛り合わせは、伊勢海老、鮑、鯛、イサキ、鯵、スルメイカ等が華やかに盛り付けられていた。
 
その他、チーズやオイルサーデンのオードブルも沢山あった。飲まない人やお腹の空いた人には美味しそうなサンドイッチもあった。飲み物はビール、カバ、赤ワイン、白ワイン、日本酒、等好きな物を選べばよかった。皆が自分の好きな物をグラスに注ぎ立ち上がり乾杯した。私はいつもの様にカバにした。
 
私の席は、右側が田辺さんで、左側が未由ちゃんだった。田辺さんにお礼を言った。『ありがとうございました。この建物があったので、形になりました。』田辺さんは言った。『こんなに素敵に使って下さるとは正直思っていませんでした。貸して良かったと思っています。若い人が新しい仕事を始めるのは良い事です。私の方こそお礼を言いたいくらいです。』
 
未由ちゃんはそれを聞きながら、『でもあのカシニョール素敵ですね。私もカシニョールは大好きなんです。』と言った。やはり私の想像は当たっていたのだ。未由ちゃんは喜んでくれると思っていた。
 
私は言った『未由ちゃんにも、本当にお世話になりました。あの時、未由ちゃんに会わなかったら、田辺さんとも会えなかったし、今度の件はまだ、何処かを捜してうろうろしていたかもしれないですから。今後も、谷川さんを宜しくお願い致します。』
 
皆、よく食べ、良く飲み、良く話した。たちまち、二時間が過ぎた。田辺さんが、そろそろ引き上げます。帰りのタクシーを呼んで下さい。と言った。今日は皆お酒を飲んでいるので、誰も車は運転できない。
谷川さんがタクシーを呼ぶと、タクシーは直ぐに来た。私と谷川さんが見送りに出たが、未由ちゃんと、沢木さんも見送りに出て来た。
 
タクシーに乗る前、田辺さんが谷川さんに言った。『何か困ったことがあれば、何でも相談に来なさい。役に立てる事もあるかも知れない。』
 
そしてタクシーは走り始めた。未由ちゃんも沢木さんもカフェに戻った。庭には私と谷川さんの二人だけが残った。
 
谷川さんが突然言った。『ありがとうございました。私一人では手も足も出なかったと思います。山下さんのお陰です。』
 
私も言った。『いや、私もとても面白かったよ。もともと、カフェと豆屋は数えきれない位やって来たけど、ミニホテルは初めてだったんだ。だけどいつかやってみたいと思っていた。そのお手伝いが出来たんだから、私としても谷川さんにお礼を言わなければならない位だよ。又、何か一緒にやろうよ。やりたい事も、やれる事もまだ沢山あるよ。』と言いながら、カフェに戻った。
 
第17話(最終回)終わり。


2027年のビーンズショップ <夢の途中>  あらすじ  第1話<世界は・・・・>|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ <夢の途中> 第2話<夏のカフェ講座最終日>|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ <夢の途中> 第3話  始まり|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ    <夢の途中>  第4話 契約|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ    <夢の途中> 第5話 物件探し|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ    <夢の途中>  第6話 伊豆へ|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ    <夢の途中>  第7話 <伊豆高原>|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ    <夢の途中> 第8話 西伊豆へ|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ  <夢の途中> 第9話 天使現る|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ  <夢の途中> 第10話 物件契約|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ <夢の途中> 第11話 カフェについて|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ    <夢の途中> 第12話 内外装①|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ  <夢の途中> 第13話 内外装➁|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ <夢の途中> 第14話 焙煎と抽出|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ <夢の途中> 第15話 開店までの仕事|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ <夢の途中> 第16話 1K釜のマニュアル作り | 記事編集 | note

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?